2024年3月21日

 

2023年度の出前講座「じぶんをいきるためのるーる。」を子どもたちに届けよう!165講座が終了しました。

 

 4歳児の講座で保育室に行くと多くの子どもたちが、ボクたちが講座で使うホワイトボードの前に椅子を並べて座って待っています。そのうしろで、絵を描いたりパズルをしたりしながら2人の子どもたちが過ごしています。 

 

 講座がはじまって、いつものようにボクたちのいろんなともだちに順番に出会ってもらいました。子どもたちは出てくるともだちの着ている服や色、髪形を理由に「女の子」「男の子」と口々に言っています。いろんなやり取りの中で「ここに出てくるともだちは、じぶんのしたい髪型をしてるよ。じぶんの好きな色を選んでいて、じぶんの着たいふくを着て、じぶんの使いたいことばで話してるよ。みんなはどうかなぁ?」と投げかけます。つづいて「みんなはすきな色ってある?」と聞くと「ある―――!!」と教えてくれたので「じゃあ、今からボクが順番にひとりずつ好きな色聞いてみていいかな?」と言うと「うん!!」とうれしそうな子どもたち。うしろで参加していたふたりの子どもたちもこちらを見ながらワクワクして待っているのがわかります。順番に聞いていく中でそのふたりの子どもたちのところに行って「あなたの好きな色はありますか?」と聞くと張り切ってじぶんの好きな色を教えてくれました。ひとりの子が好きな色を言ったとき、ボクが聞き取れずに「何色って言うた?」と聞くともうひとりのともだちが「ゴールドっていうたで。」と教えてくれました。 

 

 それぞれじぶんの好きな色を教えてくれたあと「コンちゃんとボクは、みんながこの色好き!って教えてくれたらうれしいし、そっかぁ、その色が好きなんやなぁって言うてあげたいと思ってるよ。そして、みんなの近くにいる人たちも、みんなのこれが好きやねんってキモチを大事にしてくれてたらいいなぁと思ってるよ。」と話しました。

 

 

 2年生のクラスでは廊下側の窓から顔を出して講座に参加した子がいました。手にはコマとコマ回しの紐を持っています。話をききながら、紐をぶらぶらさせたり、コマを落としてみたり。「ここにいるねん。」と表現しているようにボクは感じました。「コンちゃんの5歳児キリン組にはいろんな子どもたちがいたよ。」と、いろんな子どもたちのキモチを丁寧に聞いて大事にするコンちゃんのこと、そしてそんなコンちゃんにボクがはじめて自分のキモチを話すことができたことなどの話をした時、その子は廊下から一生懸命聞いていました。最後に絵本「じぶんをいきるためのるーる。」を読むときに、「前があいているからここでみたいなぁと思う人は、ここにきていいよ。じぶんがみたい場所に引っ越しタイムです~」とボクが言うと、廊下にいたその子は部屋に入ってきてじぶんのみたい場所で絵本をみていました。

 

 8年間続けているこの講座は「性のあり方・性の多様性から「じぶん」について考える。」が大きなテーマです。保育室・教室には、すでにいろんな子どもたちがいます。講座の時間はたった45分。その時間、そのいろんな子どもたちがあたりまえに「じぶん」を生きることができる、そこに存在することができる時間であることはボクたちが一番大切にしていることです。

 

 

 3年生の講座ではともだち紹介で「ボクはお母さんとお母さんとボクの3人家族です」というともだち出てくると「オレといっしょや―」とAが言いました。ボクが「そうなんやなぁ。いっしょなんやー。」と言うと「オレもお母さんの好きな女の人といっしょに暮らしてるねん。」とその子は教えてくれました。するとまわりのともだちが「ほんまや、Aのところいっしょやなぁ。」と言いました。

 別の小学校3年生のクラスでは「ボクは男の子です。男の子が好きです。」というともだちが出てきたときボクが「この人は今27歳の男の人。みんなと同じ小学生の時から男の子が好きやなぁ。男の子と結婚したいなぁと思っててんて。」というと「AとBといっしょやん。」と言った子どもたちがいました。すると名前を言われたAとBが「ぼくらといっしょや~」とふたりで嬉しそうに話してくれました。AとBと何人かの子どもたちは、講座のあともぼくのところに来ていろんな話をしてくれました。

 

 こんなやり取りが出るようになったのは本当に最近で、それまでは、いや今でも「お母さんとお母さんとボクの3人家族です」というともだちが出てくると「えー?どういうこと?」という意見が出てきたり「ふつうは女の子は男の子と結婚するから男の子と男の子、女の子と女の子はおかしい。」という意見が出てくることのほうが多いです。

 つい最近出会った2年生では「お母さんとお母さんとボクの3人家族です」というともだちが出てきたとき「おかしい!」と大きな声で言った子がいて、その意見とかぶせるように「おかしくない!」と言った子がいました。そのあと「なにをおかしいと思ったか」「なにをおかしくないと思ったか」それぞれの子どもたちが話してくれました。

「ふつうはお母さんひとりお父さんひとりやのに、お母さんとお母さんはおかしい。」

「男の人が男の人を好きになったり、女の人が女の人を好きになることもあると思うからおしいとは思わない。」それぞれの子どもたちの意見を聞いてまわりの子どもたちも真剣に考えている様子でした。

「そのふつうってだれがきめるん?だれのふつうやろ?考えながら、今からほかのともだちと出会ってみて。」と投げかけて講座を続けました。こんな内容のやりとりは、今まで4年生以上の子どもたちとすることが多かったです。でも、年齢関係なく、その場で子どもたちから出てきた言葉や内容をしっかり聞いて‟どんな排除も許さない“ということを前提に、子どもたちといっしょに考えていくことを大事にしたいです。

 

 

 2024年度の講座の申し込みは、4月ににじいろi-Ru(アイル)のHP「出前講座」のところに情報をUPします。よろしくお願いします。

 

 

 

2024年2月24日

 

 

4歳5歳の子どもたちとは講座の中で「じぶんちゃんづくり」をします。

ダンボールでいろんなポーズをしたじぶんちゃんの型をつくって持っていきます。

ひとつひとつ描いて切って、てづくりです。

どんなポーズのじぶんちゃんがあたるかはその時のおたのしみ。子どもたちの好きや大事がたくさんつまった、世界でたったひとりのじぶんちゃんができます。

 

小学生の講座では、講座の最後クラスに一冊「じぶんをいきるためのるーる。」と、ひとり1枚「じぶんちゃんのポストカード」をプレゼントします。

「じぶんちゃんのポストカード」をおまもりにして毎日ランドセルに入れてるねんと教えてくれた子や、このカードを家に持って帰っておうちの人と講座の話をしたよと教えてくれた子もいました。

講座当日までの準備はいろいろあって大変です。それでも今までの子どもたちの出会いを思い返すと、地道に少しずつやってきたこの講座がきっとこの先、だれも排除されない、すべてのひとの人権が尊重される社会につながっていると思っています。

 

コンちゃんとふたりで準備しながら、今まで出会った子どもたちのはなしをする時間も、大切な時間です。

 

 

 

 

 

2024年2月7

 

2年生の講座がありました。最初の「ともだち紹介」で、「ボクは女の子です。」というともだちが出てきたとき、一番前に座っていた子が「トランスジェンダー!」と言いました。ボクが「トランスジェンダーって?」と聞くと「女やけど、男として生活しているひとのこと。」と教えてくれました また、次に出てきたともだちが「うちは女の子です。女の子がすきです。」と教えてくれると「おっさんずラブや!」と言った子がいました。「どういうこと?」と聞くと「おっさんずラブは男の人が男の人のことをすきやけど、この人は女の人で女の人がすきやから。」と教えてくれました。

 

 子どもたち向けの出前講座を始めて8年目になりますが、8年前に子どもたちの中からこんな言葉は聞こえてきませんでした。きっと、この8年間の中で【性の多様性】についての情報が増えたことで、子どもたちもいろんな情報に触れる機会があって、こんな言葉が出てきたんだろうなぁと思っています。

 

 ともだち紹介のあと、ボク自身出生時に割り当てられた性別「女の子」として生活してきたこと、その中で思ってきたこと、そして、ボクたちが知った【性のあり方】について話をします。

最後の方で、身体のカタチのイラストを見せながらこんな話をします。

「ボクとコンちゃんはいろんな人に出会ったよ。例えば、ボクと同じこんな身体のカタチで生まれてきて女の子って思ってるよって教えてくれたみんなと同じ小学生の子。そして、この身体のカタチで生まれてきてボクと同じように男の子って思ってるよって教えてくれた小学生の子にも出会ったよ。こないだ出会ったのは、みんなと同じ2年生の子。その子は、いっぽさん、ぼくもいっぽさんと同じ身体のカタチで生まれてきて、男の子って思ってる!今日いっぽさんに出会えてうれしい~って話してくれたよ。そして、こっちの身体のカタチで生まれてきてボクは男の子って教えてくれた小学生の子、この身体のカタチで生まれてきてわたしは女の子って教えてくれた小学生の子にも出会ったよ。前に出会った子は小学校1年生の子で、その子はわたしは女の子って言ってるのにクラスの子で笑う子がいるねん。男の子じゃないの?って言ってくる子もいる。でも、いちばんなかのいいともだちはなんでそんなこと言うん?女の子って言ってるやん!っておこってくれてん、って話をしてくれたよ。その子は、笑われたり、男の子じゃないのって聞かれたりするのがいやで学校行きたくないなーって言ってたよ。今日、ボクとコンちゃんは、このクラスのみんなにはじめて会ったからみんなのこと何にも知らないやろ。だから、みんなのこと勝手にあなたは女の子ね、あなたは男の子ねって決めることはできないねん。今から、みんなにじぶんのこと、どう思ってるか考えてほしいなぁと思ってるよ。女の子と思ってる?男の子と思ってる?女の子男の子どっちのキモチもするなぁって子とか、どっちかわからないねんって子もいると思ってるよ。」

 

最初のともだち紹介ではりきって「トランスジェンダー!」「おっさんずラブや!」と発言した子どもたちも、真剣な顔で聞いています。そして、今、じぶんの性についてどう思っているか一生懸命考えていました。きっと、この子たちにとって【性のあり方】【性の多様性】については、テレビの中や、どこか遠くでのこととしての情報であって、じぶんのこと、じぶんのクラスにいるともだちのこととは思っていなかったのだと思います。

 

情報がないよりあったほうがいいです。しかし、その情報と今いる場所、生活している場所がどうつながっているのかを知り、その中で「じぶん」はどう生きるのかを考えることが大切で、子どもたちがそのことを考える環境をつくることは、ボクたち大人の大事な役割だと思っています。

 

*写真は、ある小学校の図書室に掲示しているボクが作ったポスターを子どもたちと一緒に見ているところです。

この小学校の6年生の講座で絵本「じぶんをいきるためのるーる。」をプレゼントしたとき「その絵本知ってる!」「この絵本好きやねん。」「図書室で見つけていつも見てるよ。」と教えてくれた子どもたちが、講座のあと図書室に一緒に連れて行ってくれました。

 

 

 

 

 

2024年12月27

 

先週、講座で出会った4歳5歳の子どもたち。

5歳児の子どもたちは昨年も出会っていて、部屋に入ると「いっぽさんや―――!」と覚えてくれていました。

 

この園は、にじいろi-Ru(アイル)が講座を始めた1年目から行っているので今回で8年目になります。

2016年度に行ったとき【ともだち紹介】で「男の子です。男の子が好きです」というともだちが出てきたとき「きっしょー!」と言った子がいたのもこの園でした。「なにがきもちわるい?」そこから子どもたちと丁寧にやり取りをしていったあの日ことは、今でもはっきりと覚えています。

そのことをきっかけにこの園では職員が自分たちの保育を振り返り、職員研修をしました。

毎年子どもたちの声やキモチをきっかけに、やり取りを深めながら講座をしてきました。講座のあとには園の職員とコンちゃんとボクとで、講座の中でみえた子どもたちのこと、保育のことたくさん話してきました。

 

今年も、昨年と同じように【ともだち紹介】でともだちに出会ってもらっていろんなやり取りをしたあと【じぶんちゃんづくり】をしました。子どもたちはじぶんちゃんをつくることをすごく楽しみにしてくれている様子でした。

昨年とは違う「じぶん」がいて、「じぶんのスキ」があって、それぞれに表現していました。

講座の最後にそれぞれがつくったじぶんちゃんをみんなで見合いっこして講座が終わります。

「これで、コンちゃんと一歩さんとの時間はおわりです。」というと「えーーー!もっとあそびたい~」と子どもたち。

ひとりの子がボクのところに来て「だっこして!」と言いました。「ええよ。」とボクが言うと「わたしも~」「おれも!」と列ができました。ボクは抱っこしながら「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10~。きょうはありがとう、たのしかったよ。」とひとりひとりに伝えました。

 

来年もたくさんの講座が入っています。

子どもたちとの出会いを楽しみにゆーっくりお休みしたいと思っていますが、いま、社会にはゆっくり休むことができない状況・現状があります。すべての子どもたちが今いる場所で安心して過ごすことができる、そんな社会にするために、今、じぶんには何ができるのか考え続けながら、今を、「じぶん」を生きたいと思っています。

 

 

2024年12月8日

 

3年生の教室に入ると、今から何がはじまるんかなぁ?この人たちは誰なんやろ?

興味津々の子どもたちが待ってくれていました。

 

じぶんの身体を叩きながらアザラシの声マネをして見せに来る子。

じぶんの好きな昆虫の名前を大きな声で言ってる子。

みんなとは離れた場所に椅子をおいて座っている子。

 

いろんな子がいるなぁと思いながら講座がスタートしました。

 

ともだち紹介が終わって、ボク自身の話をします。

その中で、ボクがじぶんは男の子って思ってることをともだちや先生、家族になぜ言えなかったか?という話をする場面があります。そのあと、コンちゃんには安心してじぶんの話ができたことを話します。

話が進んでいく中で、子どもたちに

「なんでボクがみんなと同じ子どもの時、誰にも言えなかったか理由を言うたんやけど覚えてるかな?」と聞くと、

「ともだちや先生に笑われるかもしれないから言えなかった。」

「おかしいって言われるかもしれないから言えなかった。」

何人かの子が発表してくれました。

するとひとりの子が

「その気持ちわかる!」と大きな声で言いました。ボクが「どういうこと?」と聞くと「ボクは身体が大きいから、そのことで同じように思ったことあるから。でも、みんなは受け入れてくれたから。」と話してくれました。

その子の目から涙がポロポロと落ちてきました。

同じクラスのともだちも一生懸命その子の話を聞いていました。

その子に「そっかぁ。このクラスのみんなは、身体のことで笑ったりおかしいって言わないともだちってことやなぁ?」とボクが聞くと、うん!と、その子は大きくうなずきました。

「ボクの話を聞きながらじぶんのことを考えてたんやなぁ。教えてくれてありがとう。」と伝えました。

 

ボクたちが子どもたちと過ごす講座の時間は、たった45分です。

でも、子どもたちにとったら、いつもの生活があって、いつものともだち関係があって、その日常と講座はつながっています。だから、こんな場面がうまれてくるのだと思っています。

子どもたちといっしょにつくる講座やなぁと実感する瞬間でもあります。

 

こんな場面を共有できた先生たちの顔は、ほんとにうれしそうな顔で、講座が終わったあと、子どもたちと先生たちのなんとも言えないやわらかな空気を感じます。

もちろんこんな場面は、いつもではないです。

子どもたちとのやり取りの内容によっては、しんどい空気が流れることもあります。

でも、それもやっぱり日常とつながっているんだと思います。

次の日も次の日も子どもたちの日常は続きます。

きっと毎日楽しいこと、うれしいことばっかりじゃないけど、どんなことも、子どもたちといっしょに考え、子どもたちといっしょにつくる、そんな教室、学校って、やっぱり楽しいやろなぁと思っています。

 

 

2024年11月28日

 

崟利子(タカシトシコ)さんの映画「じぶん、まる!いっぽのはなし」が、2023年12月8日(金)〜19日(火)まで神戸映画資料館で上映されます。

タカシさんとはじめて出会ったのは今から15年ほど前です。ともだちのともだちとして出会いました。

その頃のボクは「じぶん」を生きたいと思っても、どうやったら「じぶん」を生きることができるのかわからず、悩み、苦しんでいる時でした。もちろんそんな中でも、楽しいことやうれしいこともありました。

うれしいことの中のひとつに「じぶん」を生きている人「じぶん」を生きようとしている人たちとの出会いがありました。そのひとりがタカシさんでした。

※崟利子

https://www.yidff.jp/2013/cat041/13c064.html

https://www.yidff.jp/2001/cat043/01c057.html

 

この15年間、本当にいろんなことがありました。2015年に絵本「じぶんをいきるためのるーる。」ができて、にじいろi-Ru(アイル)をたちあげ、子どもたち向けの講座をはじめたことも大きな出来事です。

タカシさんから「この講座のこと、そしていっぽちゃんのことを映画にしてに歴史に残したい。」と話があって、いっぱいいっぱい考えました。

ボクは、子ども向けの講座も大人向けの講演も毎回緊張しながらしています。

そして講座・講演の録音録画は断っています。そんなボクがなぜ映画に?と思われるんじゃないか。。。本当に悩みました。

“映像は残る”

タカシさんはこのことの「怖さ」と「大切さ」を話してくれました。

映画は表現です。タカシさんは映画という表現を通して「じぶん」を生きていると ボクは感じています。ボクにとっても表現は「じぶん」を生きるためのとても大切なものです。

もし映画の話が数年前にあったとしたら、ボクはきっと断っていたと思います。それは「ボクがボクをおかしいと思う」ところから抜け出せていなかったからです。あの時のボクはきっと「怖さ」のほうが強かったと思います。

でも、今のボクは「ボクはおかしくない」と思っているし「じぶん」を生きることができています。

今のボクは「怖さ」がないわけではなく、残すことの「大切さ」のほうが上回っているんだと思います。そして、何をどんなカタチで残すかは、じぶんで決めたいと思っています。

「崟利子(タカシトシコ)さんというひとりの表現者といっしょに何かをつくって残したい。」そう思ったから、今回の映画の出演を決めました。

そして、この映画は撮影の小田香さん、録音・整音のウエヤマトモコさん、制作の加藤初代さん若井真木子さん高橋章代さんといっしょにつくった映画でもあります。

タカシさんは常にスタッフみんなでつくりたいと思っていると話していました。

カメラを回していない場所で話される今の社会・世界のはなしも、ボクにとってはとても刺激的でした。

それぞれの場所でそれぞれの方法で「じぶん」と向き合いながら、この社会に、世界にむけて、何かを表現し発信しようとしている人たちだと感じました。

今回の映画づくりを通して、じぶんがいま生きているこの場所が、社会とそして世界とつながっていることを実感し、ボクは、これからココで、誰とどう生きていきたいのかを考える時間にもなりました。

映画はたった60分です。

出演者はボクひとり。

インタビューが中心で「こんな映画もあるんやー。」なんて思ったボクは、まだまだ頭カッチカチやなぁと。

また、いちどライブに行ってみたいと思っていた、ふちがみとふなとさんに音楽を提供してもらえたことも、とてもうれしいです。

10日にはタカシさんとボクのトークもあります。どんなトークになるのか楽しみです。

https://kobe-eiga.net/programs/1477/

 

 

2023年10月7日

 

中学生向けのお話は学年ごとや、全校生徒などで集まって行います。最初に自己紹介をしてそのあとに子どもたちにお願いをします。

「今から、ボクたちが、ボク自身のことや、ふたりが出会ったいろんなともだちについての話をします。自分自身のはなしをするのは、何回してもめっちゃ緊張するねんな。そこで、みんなにお願いがあります。それは、ボクらが少しでも緊張しないように、みんなも心も体もリラックスしてボクたちの話をきいてほしいということです。学校では、人の話をきくときはこんな風にききましょうとかルールがあると思うねん。でも、ボクとコンちゃんと過ごすこの60分間は自分がききたいきき方できいてほしいなぁと思っています。」とボクが言うと、コンちゃんが「例えば、足を組んだり、今日は暑いから、ボタン外したりしてもいいってことやんなぁ?」とボクにきいてくれます。「もちろん。ずーっと同じ姿勢できくのはしんどくなる子もいるやろし、暑さ寒さはそれぞれ違うもんなぁ。それがみんなへのお願いです。いいかなぁ?」ときくと、子どもたちは「はい!」と言ったり、うなずいたり、その場で一番上のボタンをはずしたり、それぞれの反応をしてくれます。 

そこから話がはじまっていきます。体育館に並べられた椅子に座ってきく学校では、椅子と椅子の間の空いている床に座ってきいた子たちもいました。前のともだちの椅子にひじをついてきいている子もいます。途中眠たくなって舟をこいでいるともだちのことを、ボクたちにみつからないようにそっとツンツンってして起こしてあげている子。子どもたちのきき方は本当にいろいろです。

 

ある中学校でだいぶ話が進んだころ、ひとりの先生が子どもたちのところに近づいていって何か言っています。ちょうどボクがマイクをもって話している時でした。すると、コンちゃんがその先生と何かを言われている子どものところに行って話をしています。ボクは、なんかあったんかなぁ。。。と思いながらも話を進めていました。

講演会が終わったあとコンちゃんに聞くと、その先生は、足を組んで聞いている子どものところにそのことを注意しに行ったらしいのです。ちょうどそれが見えたコンちゃんが「わたしたちがお願いしたんです。」って言いに行こうと思って近づいたら、先生に注意されたその子が「その人たちがいいって言った。」ということを、コンちゃんを指さし、OKと手でサインを出して、ジェスチャーで先生に伝えたそうです。(ボクが話している途中だったので声を出さずにジェスチャーで先生に伝えたとコンちゃんは思ったみたいです。)それを見たコンちゃんもその先生に「そうなんです。」と言うと、その先生はその子に「ごめんね。」と謝ったということでした。

先生がたまたま講演に遅れて来ていて、最初にボクたちがしたお願いがきけていなくて、こんな風に子どもたちを注意することがあります。今回のこの先生のように事実を知ったあと子どもに対して「ごめんね。」と言える先生はとてもいいなぁと思いました。もちろん、注意されたときに「この人たちがいいって言った。」と伝えた子のこともええ感じやなぁと思いました。

 

ある中学校では、はじまる前先生が「今心がざわざわしている子どもたちがいて、その子たちは大人を試すためにいろんな行動をとっています。今日もどんな風に話をきくかわからないし、会場に入って来るかどうかもわかりません。」という話をしくれました。その時もボクたちは「会場に来てくれたらいいですね。どんなきき方でもぼくたちはいいと思っています。なので、もし子どもたちが来てくれたらいっしょに見守ってあげてほしいです。」と伝えました。

話がはじまる前、ボクたちに対しても「このひとたちはどんなひとなん??」と言った感じで、いろいろ試すことばを言ってくる子がいたり、遅れて入ってきて保護者席できく子も数人いました。子どもたちはそれぞれの場所で、それぞれのきき方で参加していました。

 

ボクたちが子どもたちに話をするとき、何かをあなたたちに知ってほしい、きいてほしいというキモチではしません。

ここにはどんな子どもたちがいるんかなぁ?

どんなキモチでどんな関係で過ごしている子どもたちがいるんかなぁ?

きっといろんな子どもがいるんやろうなぁ。

いろんな環境で生活している子。

いろんな関係の中で過ごしている子がいるんやろなぁ。

この子どもたちと、性の多様性からいっしょに「じぶん」について、そして近くの誰かについて考えるために、どんな内容をどんな風に話したらいいかなぁ。。。と、ふたりでいっぱい考えて、一生懸命話をします。

けれど、一番大切にしているのはその時間いっしょに過ごす子どもたちに「コンちゃんとボクはみんなにとって安心できる存在なんやで。大丈夫やで。」が、伝わったらいいなぁと思っています。

それはなぜかというと、そうでない人の話はきっと子どもたちには届かないと思っているからです。この大事にしていることは、4・5歳の子どもたち、小学生の子どもたち、中・高生の子どもたち、どの年齢の子どもたちでもおなじです。

 

 

 

 

2023年9月13日

 

9月に入って子どもたちに会いに行く日が続いています。

 

小学校1年生以上の子どもたちには、ボク自身が子どもの時にどんなことを考えながら生活をしていたのか、今、大人になってなぜじぶんのキモチを大事に生活をするようになったのか、コンちゃんとボクが出会ったいろんなともだちのこと、そしていろんな人に出会ってボクたちが考えたこと、気が付いたことなどを話します。

話の前半に「じぶんの好きな髪型できてる?」と聞いたあと、

「じぶんのしたい髪型にできていない。」という子どもたちの理由を聞く場面があります。その場面でも、子どもたちは本当に細かく丁寧にじぶんのことばで理由を伝えてくれます。

 

1年生のクラスではひとりの子が

「さんぱつやさんでお父さんにこのかみがたにしなさいっていわれてしてるかみがたやから、じぶんのすきなかみがたにできてないねん。家にかえったら、お母さんがいったかみがたになってないって、お父さんがお母さんにおこられてた。」と言いました。ボクは「そっかぁ。お母さんがしてほしい髪型やってことやなぁ。でも、その髪型はいややねんなぁ?」と聞くと「うん。」とその子は答えました。

「もしかしたら、みんながこんな風にしたいねん!ってことがそうならなかったとしても、今、思ってることやみんなのキモチを丁寧に聞いてくれたらうれしいなぁ。聞いてくれる大人の人がいっぱい増えたらいいなぁってぼくとコンちゃんは思ってるよ。」と伝えると、その子は「あんなぁ、ボクがココは(前髪を指さしながら)みじかくしてほしくないねんっていったら、それはお母さんきいてくれてん。みじかーいかみがた(坊主)もいややっていったら、それはきいてくれてん。」と教えてくれました。「それはうれしかった?」と聞くと「うん!」と言いました。

 

この子の話をきいていると、じぶんのキモチも、近くにいる大人のキモチも、そして大人のやりとりも、本当に丁寧に伝えようとしてくれていることを感じます。

 

ボクは子どもたちとこんな話をするのがめっちゃ好きです。

 

日々の生活の中で思っていること、考えていること、知ってほしいこと、聞いてほしいこと、いっぱいいっぱいあるんやなぁって思いながらいつも聞いています。

ボクたちが話をきいたからといってその子たちの願いが叶うわけではないし、なにかが大きく変わることもありません。

でも、話をしている時の子どもたちは本当に一生懸命で真剣で、きっと、子どもたちはきいてほしいんやなぁっていつも思っています。

 

この講座の後、たくさんの子どもたちが最近のじぶんの身の回りで起こったことや、ともだちのこと、家族のこと、あそびのこと、いっぱい話しに来てくれました。

 

 

2023年8月19日

 

ある保育園の5歳児の講座で、ボクたちがそのクラスの部屋に入ると子どもたちが寄ってきて「だれー?」「なにしにきたん??」と聞いてきたので、「だれやろなぁ?あとでみんなに自己紹介するな。」というと、ひとりの子が「なにじん?」とボクに聞いてきました。「ボク?ボクは日本人やで。」と答えました。するとその子は「ぼくはかんこくじん!」と言いました。その子に続いて「ぼくは、かんこくとにほんのハーフ!」「ぼくはベトナムじん。」「わたしもベトナムじん!」「わたしはにほんじん。」「ぼくはちゅうごくじん。」「おれはクォーター!」と、まわりの子どもたちが教えてくれました。

そういえば、ボクは日本で生活していて「なにじん?」って聞かれたことが一度もないなぁと思いました。この子たちは、じぶんが「なにじんであるか」を大事にしながらこの園で生活することがとができているから、こんなやり取りができるんかなぁと思いながら子どもたちの様子を見ていました。

 

そのあと、子どもたちみんなにボクたちの自己紹介をして、【ともだち紹介】の中でいろんなともだちに出会ってもらいました。子どもたちは出てくるともだちを見て「おんなのこやー!」「おとこのこ~」など口々に言っています。3番目に短い髪型で、数字の「1」がプリントされているTシャツを着たともだちが出てくると「ぜったいおとこのこ!!」とみんな言いました。「じゃぁこの人に聞いてみよう。」と、コンちゃんがその人の自己紹介を読みました。「うちは女の子です。女の子のことが好きです。」すると「えーーーー!!おとこのこみたい。」「おんなのことちがう!おとこのこやー。」と子どもたち。「この人が自分のこと女の子って思ってるから女の子ですって教えてくれてるよ。みんなのことも、誰かに勝手には決められないんやで。あなたが女の子って思ってたらあなたは女の子。あなたが男の子って思ってたらあなたは男の子。女の子か男の子か、わからないなぁって子もいるかもしれへんなぁ。」と話しました。

すると、ひとりの子が「かみさまがきめるんやで!」といいました。ボクはその子に「神様にも決められないよ。その人のことはその人の大事なことで、神様にも決められないんやで。」と伝えました。

 

「かみさまがきめるんやで!」と言った子に「それってどういういこと?」と聞けたらよかったなぁと、講座が終わってから思いました。いっぱい話したい!いろんなこと聞いてほしい!と思っている子どもたちと、講座の短い時間の中で、どんなやりとりをするのか、何を大切にいっしょに過ごすのか、いつも頭はフル回転です。

 

今から7年前に出会った小学生Aが「ぼくは男の子のことが好きやねん。」と講座の後教えてくれました。Aの目から涙がこぼれていました。Aはこんな話もしてくれました。「家で好きな男の子の写真を見ているところをお姉ちゃんに見られたことがあって、その時、お姉ちゃんにじぶんは男の子のことが好きって話したら『神様はゆるさんよ。』ってお姉ちゃんに言われてん。」と。ボクはAに「あなたは、なにも間違ってないよ。」とだけ伝えました。後日、ボクは地元のともだちにその話をしました。するとそのともだちが「神様は誰のこともゆるしてくれるんちゃう?」とボクに言いました。ボクは数か月後Aにまた会うことができたので「神様は誰のこともゆるしてくれると思うよ。」とAに伝えました。Aはとても嬉しそうに「ありがとう。」と言いました。Aはその時4年生で、今、高校生になっています。Aは家族にじぶんが大事にしたいことを少しずつ伝えてきました。今は家族もAの大事にしたいことを大事にしたらいいよーと言ってくれているそうです。

 

ただ、そもそも「男の子が男の子を好きになること」は、誰かにゆるしてもらわないといけないことなのか?誰かに理解し、受け入れてもらわないといけないことなのか?と今のボクは思います。

 

ボクはどんな理由でも、その人の性のあり方を勝手に決めることはできないと思っています。その人がじぶんの性をどう思うか、そして誰を好きか、誰とどんな関係をもって生きたいかは、その人がその人を生きることと深くかかわっていています。また、5歳の講座で子どもたちがじぶんのルーツについていきいきと話してくれたように、どこにルーツがあるかということもその人がその人を生きることに深くかかわっています。ルーツや性のあり方を理由に人権を侵害されることがあってはいけないのです。

 

 

 

2023年7月19日

 

3年生3クラスの講座がありました。

1講座目で出会ったひとりの子が、休憩時間にボクたちのところにやってきて「Aはな、あの絵本知っててん。」と教えてくれました。ボクが「なんで知ってたん?」と聞くと「図書館でかりたことあるねん。」と言いました。つづけて「めっちゃ好きやからパパに何回も買ってほしいってたのんで、やっと買ってもらえてん!」と嬉しそうに話してくれました。

「そうなんやぁ。あの本のどんなところが好きなん?」と聞くと、Aはじーっと考えています。ボクはその様子を見て、絵本の内容を思い出してるんかな?と思いながら待っていました。

すると、Aは「あの本読んだら、なりたいじぶんになっていいって思えたから。」と言いました。

あの小さな絵本に込めたボクの思いは、子どもたちにちゃんと届いているということを実感した瞬間でした。

Aは後日届いたお手紙に「今日はこのじかんをしてじぶんはじぶんとしてだいじに生きなきゃと思った。」と書いていました。そしてこの続きには、じぶんのセクシュアリティについても書いてくれていました。

何年か前にも「なりたいじぶんになる。」と書いた小学生に出会ったことがあります。その時ボクは、きっとこの子にとって今のじぶんは「じぶん」ではないんやろうなぁと思いながら、このことばを読みました。この子の中に「こうありたいじぶん」がちゃんとあって、だからこのことばを書いたんやろうなぁと思ったことを覚えています。

今回、Aが言った「なりたいじぶんになっていいって思えたから。」というこのことばを聞いた時も、この子は絵本「じぶんをいきるためのるーる。」に出会うまでは、じぶんの中にあるキモチに蓋をして生きてきたんやろうなぁと思いました。でも、絵本に出会うことで「こうありたいじぶん」を大事にしていいんやと思えたんやろうなぁ、そして今のじぶんではない「じぶん」になりたいということを表現していいって思えたからこのことばを伝えてくれたんやろうなぁと思いました。

割り当てられた性別で育てられ、その性別によって与えられるモノ、呼ばれ方、期待される役割・表現があって、子どもたち自身もそれが「あたりまえ」だと思い、生きてきている子がほとんどです。そんな中でも、子どもたちは「これがすき」「こうしたい」「こうありたい」というキモチを一生懸命ボクたち大人にいろんなカタチで伝えてくれています。

その内容はその子自身の性のあり方に大きく関わることことであったりします。

「なりたいじぶんになる」「なりたいじぶんになってもいい」というこのことばは、割り当てられた性別で育てられ、その性別によって与えられるモノ、呼ばれ方、期待される役割・表現がいやだと思っていたり、違うと思っているのに、そのことを聞いてもらえなかったり、伝えることができなかったりする中で「じぶん」を生きることができていないと感じているからこその表現だとボクは思っています。「じぶん」を生きることを許さない社会があるから、こんな表現をしないといけないのではないでしょうか。

ただ、子どもたちがそのときそのときの「じぶん」と向き合いながら、今の「じぶん」の「こうしたい」「こうありたい」を、その子の「ことば」で表現できる環境があることはとても大切だと思っています。

だから、この子たちが今思っている正直なキモチを表した「なりたいじぶんになる」「なりたいじぶんになってもいい」というこのことばは「じぶん」を生きることを許さないそんな社会をつくっている側の問題だということを忘れてはいけないと思っています。

今回紹介したのは、ボクたちが出会った子どもたちのことですが、大人である人の中にも「なりたいじぶんになる」というキモチをもちながら今も過ごしている人がいること、そして「なりたいじぶん」になることを許されず苦しんでいる人がいることも書いておきたいと思います。

2023年6月29日

5歳児の講座がありました。

クラスに入ると子どもたちが椅子に座って待ってくれていました。そんな中、みんなが座っているうしろで先生と何かやりとりをしながらひとりの子が大きな声で叫んでいます。よく聞くと「だっこがいいのー!」と言っています。ボクとコンちゃんが「だっこがいいんやなぁ。いいよ。だっこしてもらい~。」と声をかけると先生はその子をだっこしました。そして、いつものように講座の準備をはじめると、担任の先生が「あの、だっこしてほしいみたいなんです。」と言って、その子をコンちゃんのところに連れてきました。

「わたし?いいよー。」とコンちゃんが言うと、とてもうれしそうな顔をしてその子はコンちゃんにだっこされました。いつもはコンちゃんが進めていく〈ともだち紹介〉をボクが進めていくことにして、コンちゃんはその子をだっこしながらほかの子どもたちといっしょに参加しました。

 

〈ともだち紹介〉の中で、子どもたちはいろんな意見を出してくれました。お母さんとお母さんとぼくの3人家族のともだちが出てくると「えーっ?!おかあさんひとりとおとうさんひとりやで。」と言った子がいました。するととなりの子から「おかあさんとおかあさんがけっこんしたの?」という質問が出ました。

 

そこからいろんな家族のカタチの話をしたり、子どもたちの家族の話をきいたりしました。髪の毛が短く「1」の番号がプリントされたTシャツを着たともだちが「うちは女の子です。」と自己紹介すると、「えーっ!?なんで女の子なん?」という質問が出ました。「この人は、自分のことを女の子って思ってるから、女の子ですって教えてくれたよ。なんでって理由はないねんて。」と伝えると子どもたちは真剣に聞いています。

続けて「みんなもいっしょなんやで。あなたが女の子って思ったらあなたは女の子。あなたが男の子って思ったら男の子。わからないなぁって思ってる子もいるかもやなぁ。理由はいらないんやで。」と話しました。そのあと、緑色のワンピースをきたともだちが出てきました。すると、子どもたちから「うーん、女の子かなぁ?」「聞いてみないとわからへんなぁ。」という声が聞こえてきました。

 

「今みんなが出会ってくれたともだちは『じぶんのすき』を大事にしてるよ。好きな服を着て、好きな髪型をして、じぶんの好きな言葉で話をしてるよ。好きになる相手もみんないろいろ違ったね。みんなは、どうかな?じぶんの好きなこと大事にできてるかな。」と話した後、子どもたちの好きな色を順番にひとりずつ教えてくれました。

 いろんなともだちに出会ったあとのじぶんちゃんづくりでは、それぞれの好きをいっぱい詰め込んだ世界でたったひとりのじぶんちゃんができていました。

 

 終わりの時間に近づいてきてきた時、ひとりの子が「だっこして!」と飛びついてきました。そしてだっこされながら他の子どもたちに「みて~。」と嬉しそうに言ったのです。

きっと、この子は最初クラスに入ったとき「だっこがいいの~」と叫んでいたあの子とボクたちとのやり取りをはじめ、ともだち紹介・じぶんちゃんづくりの中でのボクたちのことば、声かけ、やり取りを通して「この人たちは、じぶんのキモチをきいてくれる、受け止めてくれる。」と思ったんやろうなぁ。そして受け止めてもらえたとが嬉しくて、まわりのともだちにもそのことを伝えたかったんやろうなぁと思いました。

 

講座を見学していた先生の感想を紹介します。

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今回、保育園での出前講座の様子も見せていただき、出会って、数分しか経っていないのに、どんどん引き込まれ、自分の言葉で思っていることを話す様子を目の当たりにして、まずびっくり。

そして何人目かの「友達」に会ったときに「聞いてみんとわからん」とのつぶやきが

聞かれたのには、これまた驚きました。

一歩さんのフェイスブックにも、これまでの講座での子どもたちの様子を綴って

くださっているのを拝見してきましたが、実際、自分の目の前で子どもたちの

つぶやきが変容していく様子には鳥肌立つ思いがしました。

子どもたちなりによく考え、とらえているんですね。

そして、そのつぶやきをさりげなく拾う一歩さんたち。

私は、こういう時、ついつい誘導尋問のようにしてきたよなと自己反省。

聞いてもらえる、受け止めてもらえることをたった1時間の出会いで感じ取ったから

こそ、「自分の話をもっと聞いてほしい」という思いが沸き上がったのだと思いました。

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子どもに関わる大人が、同じ場面を共有して感じたこと、気が付いたこと、そしてこれからの保育のこと、子どもたちのこと、「じぶん」のことをいろいろ話すことって大事だなぁと思っています。講座で「ともだち」と出会って、じぶんちゃんづくりをして終わりではなく、ここから日々の生活につながったらいいなぁと思っています。

 

2023年6月24日

 

こんにちは。

毎日のように子どもたちに会いに行く日が続いています。

子どもたちといっしょに、性の多様性から「じぶん」について考える時間を過ごしています。

子どもたち向けの講座の中で出てきた子どもたちのいろんな意識、いろんなキモチは、ボクたち大人に向けられるものばかりです。大人向けのおはなしでは、子どもたちの講座での具体的な姿・やり取り、性の多様性・性のあり方についてお話しています。また、ボたち大人も性の多様性から「じぶん」について一緒に考える時間になったらいいなぁと思っています。

 

いつもは保育士さんや教職員向けの研修でのお話しが多いですが、今年度はいろんな場所でお話をする機会があります。

園や学校、子どもの居場所などではない場所での、子ども向けの講座も夏休みにあります。

お近くにお住まいの方で、聞いてみたいなぁ参加してみたいなぁという方はぜひお越しください。

どんな出会いがあるか楽しみにしています。

各会のいろいろチラシを紹介します~( *´艸`)

2023年5月23日

 

新刊「じぶん、まる!~子どもたちといっしょに性の多様性から「じぶん」について考える~」は、

大人向けに書いた本ですが「子どもたちも読んでるよー。」という声や感想をいただいています。

3年生のAちゃんの保護者さんからも感想が届きました。

 

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本が届きました。Aは早速読み始めて、「Aとおなじおともだちは。。。。」と探していました。

何度も何度も読んでいました。Aの中で自分と向き合うきっかけになったみたいで、心にストンと落ちた様子です。

Aはじぶんでじぶんのことを誰かに伝える時に

「たまたま男の子ボディで生まれたけど、A的には男の子でも女の子でもどっちでもなくて、着たい服とか好きなかっこうが女の子なだけ。」と伝えたい人には伝えています。

ただ、それに対して意地悪な事とか、「それ変やで」とかは言われないけど

「そうなんや!本当はどっちなん?」とか「じゃあ女の子になりたいんやね!」とか

「大丈夫!大きくなったら元に戻るよ!」って言われたり、「お母さん、心配せんでもいつか絶対に治るよ!」って、まわりの人がわたしに言ってるのを聞いたらAはどうやって答えたらいいん?ってなる。

Aも最近めんどくさいから「どちらかと言うと女の子で。」って言ってたけど、本「じぶん、まる!」を読んで、「Aはちゃんと本当の自分の性別を伝えたいし、やっぱり分かってほしいって気持ちがあるなってきづいた!でも、やっぱり性別をこうだよってせつめいするのも大変だなって気持ちもあるし、全員にわかってって言うのも色んな考え方の人がいるからAがしゅちょうするだけもちがうし、だけどわかって欲しいって気持ちも◯って言うのがうれしかった!」と言っていました。

正直、わたしたちも人に説明する時に「あ、女の子です」って言ってしまったことがあったなぁ、と夫婦で反省しました。Aの本当の気持ちに寄り添えてたら「あ、ここでAが本当の事言ったら相手に悪いかな?」とAが思う事も少なかったんじゃないか?と。

家族で少し曖昧になってたところを改めて考えるキッカケになりました!

いっぽさん、こんちゃん、ありがとうございました。

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前回のFBでも〈じぶんの思う性〉についてはっきりとしなかったり、あいまいだったりする子どもたちのことについて書きました。ボクは、〈じぶんの思う性〉について、じぶんなりの「ことば」「表現」で丁寧に伝えてくれる子どもたちと出会う中で、いつも思っていることがありました。「どんなに小さなこどもたちでも、そのときそのときの〈じぶんの思う性〉について、それぞれのじぶんの「ことば」「表現」をもっているんじゃないか」でも今回、感想を送ってくれたAちゃんの保護者さんが書いてくれているように、小さな子どもたちは、まわりの人たちからの〈出生時に割り当てられた性別〉と〈じぶんの思う性〉が同じであることがあたりまえの言葉かけによって、本当に思っていることを言えなくなってしまったり、何度も説明を求められる中で本当の「じぶん」の大事なことばを変えさせられてしまっているのではないでしょうか。

 

Aちゃんの感想

「Aはちゃんと本当の自分の性別を伝えたいし、やっぱり分かってほしいって気持ちがあるなってきづいた!でも、やっぱり性別をこうだよってせつめいするのも大変だなって気持ちもあるし、全員にわかってって言うのも色んな考え方の人がいるからAがしゅちょうするだけもちがうし、だけどわかって欲しいって気持ちも◯って言うのがうれしかった!」

この「ことば」は、Aちゃんが今思っている「じぶん」のキモチを本当にていねいに表現できていると思います。そして、Aちゃんのその「ことば」を聞いた保護者さんが、Aちゃんのことを思って、Aちゃんが傷つかないようにと答えてきた自分たちの答えについて、また、Aちゃんの本当のキモチについて改めて考えている感想に、とても大事な気づきやなぁと感じました。

ボクはAちゃんや子どもたちに「そのひとの性のあり方について誰かが勝手に決めることはできないよ。だから、今、〈じぶんの思う性〉を大事にしたらいいよ。」と伝えてあげたいです。そのひとの〈性のあり方〉はその人のもので、そのひとの人権だからです。

 

「その子のことを抜きに考えない。」

 

ボクは、どんなに小さな子どもたちであっても、その子が何を思っているのか?どうしたいか?何かしてほしいと思っているのか?何をしてほしいと思っているのか?を大事にしながら、いっしょに考えて行動できる大人でありたいと思っているし、子どものまわりにいる大人同士がいろんな話ができることはとても大事なことだと思っています。

 

 

 

2023年5月19日

 

 

6年生の講座の〈ともだち紹介〉で

「このともだちは、このあいだ70歳になったよ。大好きな女性と何十年も家族として暮らしているよ。」という話の時に、

子どもたちの中から「その人たちはちゃんとした生活はできてるんですか?」という質問が出ました。

 

ボクが「ちゃんとした生活ってどういうこと?」と聞くと、「子どもを産みたいとか。」とその子は答えました。

 

「このふたりの間には子どもはいないよ。子どもがいる家族もあれば、子どもがいない家族もあるよね。最初に出会ってもらったお母さんがふたりいるともだちのように、女の人と女の人で子育てをしている人もいれば、男の人と男の人で子育てをしている人もいるよ。子どもを産みたくない人もいるし、子どもを産めない人もいるよ。いろんな人がいると思うよ。いろんな家族のカタチがあると思うよ。」という話をしました。

 

 最後にこんな話もしました。

 

「ボクたちは、いろんな人に出会う中で気づいたことがあるねん。ボクたちも、いろんな人の中のだいじなひとりやってこと。どこか世界の遠くにいろんな人がいるんじゃない、テレビYouTubeの中にいろんな人がいるんじゃない。ボクが通っていたあの小学校の同じ教室の、ボクのすぐとなりにもいろんな人がいたってことを、ボクたちは大人になってから知ったよ。きっとこの教室にもいろんなひとがいるよ。身体のカタチもいろいろ、じぶんの性についてどう思うかもいろいろ、じぶんの表現もいろいろ、じぶんの好きのカタチもいろいろ。これを〈性のあり方〉って言うよ。100人いたら100通りの〈性のあり方〉があるって言われるくらい、性は多様なんやで。「女の子・男の子どっちのキモチもする」「どっちかわからない」「どちらでもない」「女の子も男の子どちらも恋愛対象として好きになる」「恋愛の好きがわからない、恋愛感情がない」もっともっといろんな人がいるよ。」

 

 講座が終わったあと、何度も質問してくれていたひとりの子がぼくのところにやってきました。「いっぽさん、今日の話を聞きながら、ボクは恋愛感情がない人なんやなぁと思いました。お話が聞けてよかったです。」と教えてくれました。

 

 講座の中の〈ともだち紹介〉でいろんなともだちに出会い、ボクやコンちゃんがいろんな人との出会いの中で知った〈性のあり方〉についての話を聞いた子どもたちの感想には「身体のカタチで人の性は決まらないということ、その人が思う性がその人の性であるということ。また、好きのカタチも家族ノカタチもいろいろあるということを知りました。」という感想はとても多いです。

 

 また、クラスの中では〈生まれてきたときに割り当てられた性別〉で育てられ、その性別と〈じぶんが思う性〉が同じシスジェンダーの子が多いと思います。その子どもたちにとって、〈生まれてきたときに割り当てられた性別〉と〈じぶんが思う性〉が違う人の存在を知ったり、異性を好きになる子どもたちにとって同性を好きになる人がいると知ったとき、今まで何も考えずに生活してきた中で「女の子」「男の子」に分かれてしてきたこと、異性を好きになるを当たり前にしてきた行動・会話について考えてみたり、もしかしたら近くにいるともだちの中で困っているともだち、傷ついているともだちがいるかもしれないと気づく子どもたちもとても多いです。

 

 その中で「じぶんの性がわからない。」「恋愛感情がないことはおかしいことじゃないんだとわかってうれしい。」と教えてくれたり、感想に書いてくる子どもたちも実際にいます。

きっとこの子たちは、園や学校の中ではっきりとした何者かにならないと存在できないという現状があって「いないもの」にされているのではないでしょうか。

 

 あいまいで複雑なものなのに、はっきりとしないと存在できない環境をつくり、そこにあてはまらない子どもを「配慮」ということばのもとに「排除」している現状を見た時、変わらないといけないの誰なのか、変えないといけないのは何なのか、ボクたち大人は考えないといけないと思っています。

 

どんな子どもたちの存在も「いないもの」にしてはいけないと思っています。

 

 

 

2023年5月15日

 

こんにちは。お久しぶりです。

2023年度がはじまって1か月半がたちました。

早いですね。

 

以前にも紹介したことがありますが、

にじいろi-Ru(アイル)を立ち上げる前

ボクたちはモノづくりや作品づくりをしながら生活をしていました。

今もdekotoboko.として続けています。

 

にじいろi-Ru(アイル)として講座・講演などが忙しくなってからは

なかなか作品づくりの時間をとることができていませんでした。

ボクにとって作品づくりは「じぶん」と向き合う時間でもあり、

「じぶん」でいられる時間でもあります。

 

また、にじいろi-Ru(アイル)の一歩&コンが存在できるのは、

それまで大事にしてきたモノづくり・作品づくりの時間があったから、

そしてその中で出会った人たちがいたからです。

 

そこで、

今年度はにじいろi-Ru(アイル)としての講座・講演の時間と同じように、

作品づくりやモノづくりの時間も意識して大事につくっていきたいと思っています。

 

今年度もよろしくお願いします。

 

 

 

 

2023年2月21日

 

講座の中で

「コンちゃんとボクはみんなが

『これが好き!』『こうしたい!』ってこと

大事にできる大人でありたいなぁと思ってるよー。」

って話をします。

 

そしてこんな話もします。

「じぶんの好きや大事にしたいことと

ともだちの好きや大事にしたいことは

いっしょやなーってこともあれば違う事もいっぱいあるよ。

みんなは、じぶんの好きなこと大事なこと

大切にできてるかな?

ともだちの好きなこと大事なこと

大切にできてるかな?」

 

後日送られてくるお手紙には

じぶんの好きをたくさん教えてくれるものがあります。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

ぼくは生きものがすきで、とくに魚がすきです。

たまに、みんなのすることがいそがしい時、

ぼくは魚のずかんをよんでいます。

あと、

生きものの絵や、自分で作った生きものなど、

かみにいっぱい書いています。

今は、アイデアなどがないために書けていませんが、

魚のずかんは読んでいます。

たびたび、お母さんやお父さんに

「この魚こわいで!」「この魚、こんなことできんねんで!」

などと言うと

「へぇー、いっぱい知ってるなー。」

と、言ってくれます。

自分がすきな魚をいいと言ってくれると、

ぼくはとにかくことばでは話せないくらい

うれしくなります。

 

【小2】

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

じぶんの好きなことを丁寧にいっぱい書いてくれています。

最後の3行

この子のキモチがすごく伝わってくるなぁって

思いながら読みました。

 

じぶんの好きを「いいなー」って言ってくれる大人やともだちがいることは

どの子にとってもうれしいことで

「じぶん、まる!」につながってるなぁと思います。

 

 

 

 

 

 

2023年2月19日

 

 

小学生以下の子どもたちへの出前講座では

申し込んでくれた先生たちに

「にじいろi-Ru(アイル)からのお願い」を

事前に送っています。

 

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【講座の申し込みをされた先生方へお願い】

わたしたちは

講座の時子どもたちがどんなきき方をしても

OK だと思っています。

 

下を向いてきく子、

パーカーをかぶったままきく子、

椅子の上で三角座りしてきく子。

 

そのきき方には、いろんな理由があるからです。

 

講座の中で子どもたちがいろんな意見を言ったり、

いろんな出し方をしたときには

「それは何でそう思う?」「ボクはこんな風に思ってるよ。」

などやり取りをします。

 

もし、わたしたちがそれはイヤやなぁとか、

それはやめてほしいなぁと思ったことは

その場でわたしたちが子どもたちにも伝えていきたいと思います。

 

先生たちは、わたしたちと子どもたちのやり取りを聞いたり、

子どもたちがどんな風に話をきいているかじっくり見てください。

 

いつもは「人の話をきくきき方」など約束があるかもしれませんが、

この講座の時間はどんなきき方をしていても、

先生たちが子どもを注意したり、

止めにいったりはしないでください。

よろしくお願いします。

 

出前講座の時間はたった 45 分です。

 

何かを言ったらだめとか、

何かを子どもたちに教えようとかそんな講座ではありません。

 

子どもたちといっしょに考えていく講座、

そして講座をきっかけに

子どもたち自身が「じぶん」について

自分の「あたりまえ」について考える

きっかけになればいいなぁと思っています。

 

講座の中でのやり取りは、

わたしたち大人がたくさんの課題を突き付けられる場面があります。

先生たちも「じぶん」について 自分の「あたりまえ」について、

子どもたちといっしょに考えてみてくださいね。

 

当日子どもたちに会えること楽しみにしています。

よろしくお願いします。

 

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 当日、ほんとうに子どもたちはいろんな姿で参加してくれます。

そのいろんな姿を目の前にした先生たちもそれぞれいろいろです。

 

 今年度、小学校2年生の講座の後こんな感想を送ってくれた先生がいました。

 

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お二人の出会いから学べたこと

それは本当に言いたかったことを言えた関係であったことです。

普段のコンちゃんの様子を見て

「この人なら大丈夫。」と一歩さんは思えたのだと思います。

自分は、そのような存在になれているのか

担任として何が大切なことなのか、今一度考えさせられました。

 

それは、今回のようなジェンダーに関する子どもの思い

家庭環境に関する悩み、友だちとの関係

学習に関する心配ごと等

本当に思っていることを言える存在でいたいと思いました。

 

また、

「本当に言いたいことを誰にも言えない時期」というものを

少しでも無くしていけるように

自分自身の子ども達との関係を考え直すと同時に

子ども同士、仲間に伝えられるような

人間関係も作っていきたいと思いました。

 

もう一点、

一歩さんが子どもを指導するような声掛けは

不要ですと言っていただけたので

通常の指導の見方を持たず

子どもの様子を見守りました。

 

そうすると、あと少し待てば

この子はこのように動くんだな

この子がこう動いている理由は、このことがあったからか

と気づくことができました。

 

例えば、前の席の2人は、

前半おそらく話がつかめていないのか集中できていない様子でしたが、

そばにコンちゃんが来て見守ってくれました。

すると、

後半の一歩さん自身の話になった時

すーっと話に入っていく様子が見られました。

 

2人はその後発言もしていて

「自分の髪型を親に決められて自由に決められない」といった

自分に重ねた話をしていました。

 

もう一つ、後ろの2人は、

そわそわとしてじっとは座れず

ちょっかいを出し合っていました。

ただ、指導を我慢して見守っていると

1人は話を聞きながらも、

もう1人に座るように気にかけたり

帽子をとった方がいい、

ということを伝えようとしていました。

それが、ふざけながら帽子をとる

といった形にはなっていましたが

好意で生まれた行動であったと

冷静に見守ると気づけました。

 

「座ろう」「話を聞こう」など

常に指導しなければという思いがつきまといますが

指導のフィルターを外し、

じっくり子どもの様子を見守ることで

本当の子どもの思いが見えてくるとも気づくことができました。

 

その子の振り返りでも

「男や女といった判断は自分でしたらいいと分かった」と

学びを持っていました。

一歩さんが子どもの様子を見ていてくださいね

といってくれたおかげです。

ありがとうございました。

 

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ボク自身も、いつも子どもたちがいろんな姿を出すときに

じぶんの中でいろいろ葛藤しながら子どもたちと向き合っています。

なので、この先生がボクたちといっしょに子どものことを見守ってくれたこと

そして子どもたちの姿を丁寧に見てくれていたことに

とてもうれしいキモチになりました。

 

この先生が書いているうしろで動きながら参加していたふたりは

最後、ひとりはこの先生の膝の上に座り

もうひとりはこの先生の背中にぺたーっとくっついて参加していました。

「先生はじぶんたちのことを見守ってくれている。」ということが

子どもたちに伝わっているなぁと感じました。

 

 

 

 

 

 

2023年2月6日

 

最近ニュースで流れてきた、

同性を好きになる人へのとてもひどい発言について、

本当に体が震えるくらい腹が立つし、

じぶんたちには何ができるのかを考えています。

こんな発言を平気でできてしまうぐらい

同性を好きになる人への偏見がある社会のなかで、

もちろん子どもたちにもその影響はあると思っています。

 

出前講座の中でも、

同性を好きになることについて出てくる

子どもたちの表現・ことばは

「異常」「きしょい」「かわってる」「へん」と

とてもひどいことばで、今でも出てきます。

 

そのたびに、子どもたちとやり取りをしていきます。

 

ボクが「なにがへん?」「なんでおかしい?」と聞くと

「だって、ふつうは男の子が女の子を好きになるから。だからおかしい。」

と子どもたち。

「そのふつうって誰が決めるん?」

「誰のふつうなんやろな?」

と問いかけ、いっしょに考えます。

6年生の講座の中では、

何度も「同性を好きなのはおかしい。」

という子に対して、同じクラスのある子が

「それあんたのふつうやろ。言うとくけど、あんたのふつうと、わたしのふつうも違うから。」

そんなやりとりになった講座もありました。

 

 

ボクたちは

「どんな好きのカタチも、おかしい好きのカタチはひとつもないと思ってるよ。」

という話をします。

子どもたちは、

じぶんの中にある「ふつう」「あたりまえ」と向き合い、

いっぱいいっぱいい考え、

その中で感じたことをお手紙に書いて送ってくれます。

 

こんなお手紙が届きました。

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自分はこの授業を受けることができてよかったと思います。

じぶんは、男性で、恋愛として男性が好きです。

このことはまわりには言わないようにしています。

周りの人を信頼していますが、

もしもの時のことを考えると怖くていうことができません。

だけど、同じように悩みを持っている人がいることや、

受け止めてくれる・わかってくれる人がいるのを知って、安心しました。

自分だけが特しゅじゃないとわかってよかったです。

【小6】

 

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今日の話を聞いて、とても深く考えさせられました。

わたしの親は、セクシュアルマイノリティの人たちのことを、

特に同性を好きになる人のことを

「信じられない」「気持ち悪い」と受け入れがたく思っています。

両親が学生だった時代には、

今の私みたいに「性」について考える機会が少なかったから

そんな風に思うのかなと思いました。

わたしは、好きな女の子がいます。

もしこのことを親が知ったら私のことを

「気持ち悪い」と思うのでしょうか。

このことは誰にも言っていないけど、

今日一歩さんの話を聞いて、

自分にうそをついて、

生きていく必要はないんだと思い、

少し気持ちが楽になりました。【高校生】

 

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今回のあのニュースを子どもたちはどんなキモチで見ていたんかなぁ。。。

 

どんなことについても、

すべての人の偏見をなくすことはできないと思っています。

そして、

子どもたちがその偏見に触れず生きていくことは難しいと思っています。

 

ただ、いろんなニュース、いろんな情報が流れてきたとき、

そのニュースや情報を一緒に見た誰かが

「この人の発言はおかしいなぁ。

誰が誰を好きになってもいいんやで。

誰が誰を好きになるかを理由に、

誰かを否定・排除するような社会がおかしいんやで。」

と子どもたちに伝えてほしいなぁと思います。

 

いっしょに見ていなくても、

例えば、このニュースが流れた次の日の朝、

学校で先生が子どもたちに

「昨日のニュースなんやけどな。。。先生は。。。」

と伝えることもでます。

 

今年度出前講座に行った小学校から送られてきたお手紙には、

こんなことが書いてありました。

 

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ぼくは、男の人と男の人、女の人と女の人は

ほうりつで結婚できないってなっていると聞いて、

なぜだろうと思いました。

それは、学校で自分のきもちを大切にしないといけないってならったのに、

ほうりつによって、

自分のきもちを大切にできなくさせられていると思ったからです。

【小4】

 

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最近の講座の中では、結婚について、制度・法律についての話になることも多いです。

『法律によって、じぶんのキモチを大切にできなくさせられている。』

ホンマにその通りやと思います。

 

 

『じぶんのキモチだいじにしていいんやでー。

それと同じように、

となりにいるともだちも、そのともだちのキモチだいじにできてる?

ここにいるみんなが、

じぶんの大事にしたいことを大事にできてたらいいなぁ。

それと同じようにともだちの大事にしたいことを

大事にできるクラスにするためには、

じぶんには何ができるかな?考えてみてほしいと思ってるよ。』

出前講座の中でもこんな風に子どもたちに話します。

 

 

ボクたちは、

誰かの大事な権利を奪っているそんな社会を変えたいと思っています。

この出前講座で子どもたちといっしょに考えることも、

そんな社会を変えることにつながっていると思っています。

 

 

 

 

2023年1月28日

 

 

2年生の講座のともだち紹介で

「お母さんとお母さんとボクの3人家族です」

という、ともだちがでてくると

「こわーっ!」と言った子がいました。

 

コンちゃんが「何がこわい?」と聞くと

その子は

「だって、お母さんとお母さんって、けっこんできひんやん。」

言いました。

 

ボクは

「今の意見聞いてみんなはどうかなぁ?どう思う?」

と聞きました。

すると

「けっこんできるとおもう!」と何人かの子が言いました。

さっきの子と同じように「けっこんできないと思う。」

と言った子たちもいました。

「けっこんできる国もあるでー。」

と言った子もいました。

 

ボクは

「今、日本では女の人と女の人、男の人と男の人は

結婚できないってなってるねん。

でも、じぶんが結婚したい人と結婚したり

家族になりたい人と家族になれるように

今、大人が話し合いをしてるところやねんで。」

と話しました。

 

子どもたちは一生懸命聞いていました。

 

そのあと、講座の中では

ボクが

「みんなと違うからおかしいって言われるのが怖かった。」ってこと

でも、どんな子どもたちのことも「あなたはこんな子」って決めつけない、

子どもたちのキモチを丁寧にきいて

わたしにできることないかなぁ

一緒に考えたいよっていうコンちゃんに

安心してじぶんの話ができたってことを子どもたちに話しました。

 

「みんなにもそんなともだちや

先生、大人の人がまわりにいたらいいなぁと思ってるよ。」

ということも伝えました。

 

講座の最後に、絵本「じぶんをいきるためのるーる。」を読んで

クラスに一冊プレゼントしました。

 

講座が終わると、

コンちゃんのまわりに集まってきた数人の子たちは、

プレゼントした絵本を開いて

みんなで声に出して絵本を読んでいました。

 

絵本のさいご

「じぶんでいいよー。」

ということばを読んだあと

「この絵本すき〜!」って声が

子どもたちから聞こえてきました。

 

子どもたちにとって

「じぶんでいいよー。」ってことばは

うれしいことばなんやなぁ。

 

子どもたちは

「じぶんでいいよー。」

って言ってもらえることで

安心できるんやなぁと思いました。

 

じぶんの「あたりまえ」「ふつう」に

あてはまらない人や出来事に対して

子どもたちから「こわい」「ややこしい」と

言った表現が出ることがあります。

 

きっと、まわりにいる大人の表現を聞いたり見たりする中で

子どもたちもそんな風に表現しているんやろなぁと思います。

 

大人である自分に返しながら

子どもたちと丁寧にやり取りしたいなぁと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年12月7日

 

子どもたちに会いに行く日が続いています。

 

「ともだち紹介」の中で「ボクは女の子です。」

というともだちが出てくると

「なんで女の子やのにボクなん?」と質問がでます。

「女の子でボクって話す子いるで~」という声も聞こえてきます。

 

コンちゃんが

「わたしは、じぶんのことを「わたし」とか「コンちゃんはね」とか言うねんな。

このともだちは「ぼく」ってはなす女の子やねん。

今の一人称が「ぼく」で、じぶんのことを女の子って思てるよって教えてくれたよ。

みんなはどうかな?じぶんのこと何て話すかな?」と言うと

口々に

「わたし~」「ぼく」「ぼくちん!」「おれ」「名前で話す。」

など教えてくれます。

 

「教えてくれてありがとう。

コンちゃんたちは

みんなが自分の話したいことばで話せてたらいいなぁと思ってるよ。

じぶんの話したいことばで話せると

とってもらくちんで楽しいなぁと思ってるねん。」

と伝えます。

 

 

講座の後ボクたちのところに来て

じぶんの一人称について話してくれる子

また、後日送られてくるお手紙の中で

じぶんの一人称や、ともだちや家族の一人称について

書いてくる子どもはとても多いです。

 

中学生のお手紙に、こんなことが書かれていました。

 

*******************

 

ぼくは自分のことを「男」だと思っていますし

周りからも「男」だと思われてます。

そのことにぼくは何の疑問もないし、不満もありません。

ぼくには妹がいます。ぼくの妹が自分の一人称を『ぼく』と言っていて

母に「女の子なんだから『ぼく』というのは変。」

と言われていたのを思い出しました。

 

ぼくは妹の一人称が『ぼく』でも何も変だとは思いません。

ただ、社会の風潮として、

女の子は『わたし』男の子は『ぼく』というのがあって、

いくら社会の考え方が変わってきているとはいえ、

すぐにみんなが変わるとは思えません。

なので、母は妹のためを思ってそういったのだと思います。

 

しかし、今日の話を聞いて、

それは本当に妹にとっていいことなんだろうか?

という疑問が生まれました。

ぼくは妹が、妹の大事にしたいことを大事にし、

自分の好きなように生きてほしいと思っています。

【中学生】

 

*******************

 

 

じぶんの一人称をどう表すか

表したいかを大切にすることは

子どもたち自身が

「じぶんが何者であるか」「どんなじぶんを生きたいか」

を考えることとつながっていると思っています。

 

 

じぶんの性についてどう思うか【性自認】を理由に

じぶんの一人称を決める子もいます。

例えば

じぶんのことを男の子って思っているから「ぼく」って話したい子

じぶんのこと男の子か女の子かわからない」から

「ぼく」も「わたし」も使うねんと教えてくれた子

きっともっといろんな子がいると思っています。

 

また、じぶんの性についてどう思うか【性自認】に関わらず

今のじぶんの一人称を大切にしている子もいます。

今、じぶんのことを「ぼく」って話したいから「ぼく」って

使ってると教えてくれた子もいます。

 

中学生のお手紙の最後に書いてあったように

「その人がその人の大事にしたいことを大事にできること」を

お互いに尊重しあえる環境をつくることが大切なんだと思っています。

 

 

 

 

 

2022年11月7日

 

 

子どもたちに会いに行く日が続いています。

今日は講座の後に届く

子どもたちからのお手紙を少しだけ紹介したいと思います。

 

あのね、じつはね、

わたしはランドセルの色がみず色がいいといって、

お母さんに赤色がいいんじゃないといわれて、

赤色になっちゃったんだ。

ほんとうはみず色がよかったのになぁ。

【1年生】

 

ぼくはママとパパに決められて男の子になったと思っていました。

でもいちばん大切なのは自分で思っていることだとはじめて知りました。

【1年生】

 

ぼくもともだちに「ぼくっていうのっておかしいよ。」

といわれたことがあったから、

じぶんのいいたいことばで話してもいいってきいてあんしんした。

【2年生】

 

いっぽさんの話に質問できてとっても楽しかったしうれしかった。

いっぽさんが女の子の服を着てたんだなぁと思いました。

私は、女の子か男の子か分かりません。

【3年生】

 

いろんなともだちがいることを教えてくれてありがとうございます。

これからもいろんな自分をみつけていきたいです。

自分を大切にしていきます。

【3年生】

 

ぼくはあまり恋愛感情をもっていないけど

犬が大好きでぼくは一生どくしんでもいいけど

保健所にいる犬たちをほごしてあげて

かってあげたいなぁと思っています。

【5年生】

 

私はかみがたとか、服とか、くつとか

全部お母さんに決められています。

「自分でえらびたい」とか「これがいい」といっても

「センスないからむり」とか「ダサイ」とか言われたり怒られます。

でも、いっぽさんの話を聞いて、

私にもえらぶ権利があると知れました。

私はずっと今まで大人に言い返したらダメとか

大人の言う事は聞くものと思っていたけど

そんなことはないんだと言うことがわかりました。

勇気はいるけど自分の気持ちをママに伝えたいです。

【5年生】

 

 

ぼくは自分のことを男だと思っていましたが

今日話を聞いていろいろ考えました。

もし、みんなが女と言ってもぼくは男といいます。

理由はみんながいくら女といっても自分は男だと思っているからです。

【6年生】

 

 

今日話を聞いて

自分が今まで言えなかったことを言える勇気はすごいなと思いました。

自分は韓国にルーツがあって

改めて自分のルーツを大事にしようと思いました。

自分はスカートがあまり好きじゃないです。

これからは自分の好きなこととかやりたいことをしたいなと思います。

【6年生】

 

 

「ここにもいろんな子がいると思ってるよ。

いろんな人がいるのが自然なクラスなんやで。」

と講座の中で子どもたちに話します。

 

性のあり方・性の多様性について知った子どもたちは

そのことを通して

「じぶん」について一生懸命考えていることが

お手紙から見えてきます。

 

 

小さな時からいろんな情報を得たうえで

どんなじぶんを生きたいのか

誰とどんな関係を持って生きたいのか選択する権利があります。

 

 

子どもたちにとって

こんなことがしたい・これが好き・こんなことを思っている・これがいや!

そんなじぶんのなかにあるキモチを

「ことばにしていいんだ 」と思えることは

とても大切だと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

2022年9月22日

 

 

 

旅するアイル@クロスベイスが終わりました。

参加していただいたみなさんありがとうございました。

 

今回は「つながろう。子どもとかかわる大人たち。」をテーマに

ゲストのふぁよんさんと小倉さん

コンちゃんとボクから話をしました。

 

自己紹介、今関わっている居場所の事、こんな活動をしているよ

そこでの子どもたちの事、悶々としていること

コロナ禍から止まっていること、できなくなっていること

子どもに関わる時間を減らさないといけなくなっていること

     大事にしていることなど。   

 

     

日々、活動を「地道」に続けている中で

クロスベイスとスマイルひろばとにじいろアイルが

いろんなキモチを持ちながら

それでもなぜ子どもたちに関わっているのか

関わりたいと思っているのか

それぞれの場所の代表じゃなくて

子どもに関わるひとりの大人として…

そんな内容でした。

 

 

そのあと、グループに分かれて聞いて感じたことや

じぶんのこと、子どもたちのことなど話しました。

 

 

ボクが、ふぁよんさんと小倉さんのお話を聞いていて思ったことは

子どもたちと出会い、その子の置かれている状況を知ると

大人であるじぶんができること

したいこと、しないといけないこと

考えないといけないこと、でもできてないこと

できたらいいなぁと思うこと

本当に日々いろいろあって

そんなときに

そのことを話すことができる大人同士の関係が

やっぱり大事やなぁということでした。

 

 

ふたりは「じぶん」についても話してくれました。

時間が少ない中、そして、誰が参加するかもわからない中

「じぶん」について話すというのは、

きっといろんなキモチがあったやろうなぁと思いながら聞いていました。

 

ボクがこのふたりといっしょに何かをしたいと思ったのは

悩みながら、もがきながらも「じぶん」と向き合って

地道に子どもたちと向き合おうとしているふたりのことを尊敬しているし

そんなふたりがスキやからなんやなぁと改めて感じました。

本当にありがとうね。

 

 

参加してくれた人たちの感想でこんなことを言ってくれた人がいました。

「子どもは小さなころからいろんな人に出会えたほうがいい。

『いろんな性のひと』にも、『しょうがい者』にも

いろんな人がいてあたりまえの環境で育ったほうがいい。」と。

 

ほんまにそうやなぁと思うと同時に

子どもたちがいろんな人と出会うためには

ボクたち大人がまずいろんな人に出会うことができているかな?

いろんな人が、そこにいることができる環境をつくれているかな?

ということも考えながら聞いていました。

 

今回、参加してくれた人たちは

子どもに直接かかわっている人

直接はかかわっていない人

本当にいろんな人たちでした。

 

大人もいろんな人に出会えたらいいなぁ

そしてつながれたらいいなぁ。

 

 

 

 

 

 

2022年8月20日

 

 

いくのコーライブズパーク(もと御幸森小学校)に

引越したクロスベイスに行ってきました!

 

いくのコーライブズパークは

少しずつ出来上がっていく感じで工事中の部屋もありますが、

クロスベイスと図書室を見学してきました。

木のぬくもりが感じられる広い空間です。

ここでどんな楽しいことがされるのかなぁ?

子どもたちもたくさんつながれたらいいなぁ。

ワクワクします。

 

ここで9月17日(土)旅するアイルができること

とっても楽しみです。

参加したいなぁ。。。

まだ申し込みしてない~って方

メールで申し込みしてくださいね( *´艸`)

 

子どもと関わる大人が

「子どものこと」「子どもの人権について」

そして「じぶんについて」

考える場所、考える機会が必要だと感じています。

 

今回の旅するアイルがそんな会になるといいなぁと企画しました。

よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

2022年8月4日

 

 

絵本「じぶんをいきるためのるーる。」が増刷されました。

第7刷です。10000冊を超えました。

とても嬉しいです。

 

今の時期は、子どもに関わる大人の人たち向けに、

お話をする日が続いています。

お話しの中でも絵本の紹介をします。

 

休みが明けて、子どもたちと久しぶりに会ったとき

「先生な、こんな絵本に出会ってんで。」

と子どもたちに読んでほしいなぁ。

 

教室のうしろや保健室にそっと置いてほしいなぁ。

 

学校に行きたくない子、行けない子にも届いたらいいなぁ。

 

すべての子どもたちに

「じぶん、まる!」が、届いたらいいなぁと思っています。

 

 

 

2022年7月29日

 

子どもたちといっしょにする

【じぶんちゃんづくり】では

大事にしていることがたくさんあります。

 

【じぶんちゃんづくり】の前にする

【ともだち紹介】の中では

子どもたちがいろんなともだちに出会って

自分の中にある「あたりまえ」と向き合う時間になっています。

 

こんな服を着ているのは「女の子」

こんな言葉を話しているのは「男の子」

こんな髪型をしている「女の子」はへん

こんな家族のカタチはおかしい

 

子どもたちはともだちと出会いながら自分の思ったことを言ったり

言わなくても心の中ではいろんなことを思っていたり。

みんなの意見をじーっと聞いていたり。

 

 

「ここに出てくるともだちはじぶんの好きなこと

自分のキモチを大事にしてるよ。

好きな髪形、好きな服、自分の話したい話し方。

みんなはできてる?

みんながじぶんの好きなこと大事にできたらいいね。

じぶんの大事にしたいこと

ともだちは知ってるかなぁ?

ともだちの大事にしたいこと

あなたはどれだけ知れてるかなぁ?

自分の大事にしたいことと、

ともだちの大事にしたいことは同じこともあるけど違うこともあるよ。

違いを知ったとき、自分の大事も、ともだちの大事も、

どっちも大事にできたらいいなぁと思ってるよ。」

 

そんな話をした後【じぶんちゃんづくり】をします。

 

「じぶん」は何が好き?

どんな「じぶん」でいたい?

そのことを表現するために

何色を使う?

どんな素材で表現する?

どこにどんな風に描く?貼る?結ぶ?

自分で選んでいいねんで。

自分がどうしたいか「じぶん」のキモチを大事にしていいよー。

こうしたい、ああしたいというキモチはあっても

やり方がわからへんねん。。。手伝ってほしいなぁ。。。

相談したいな。。。ってことがあったら

いっしょに考えるよ。

 

勝手に子どもたちのことを決めない。

子どもたちのキモチを尊重する。

子どもたちがどうしたいか?を大切にする。

大人の一方的な評価の仕方で、子どもたちの表現に対して声をかけない。

 

「じぶんちゃん」をつくりながら

子どもたちは「じぶん」のことをたくさん話してくれます。

「じぶんちゃん」をつくったあとは

もっとじぶんのことを知ってほしい!

もっといっしょにあそびたい!

と思ってくれているのを感じます。

 

日々の生活の中で

子どもたちにとってこんな場面がたくさんあったら

子どもたちは「じぶん」の大事にしたいことを

大事にできるのではないでしょうか。

そして、近くにいる誰かの大事にしたいことも

同じように大事にしたいなぁと思えるのではないかと思っています。

 

 

ただ、子どもに関わる大人自身が

大人になるまでどれだけ「じぶん」のキモチを大事にしていいよーって

実感させてもらってきてるかなぁとも思うし

今、大人が置かれている状況があまりにもしんどくて

子どものキモチを大事にしたくても大事にできない状況があるのも事実です。

 

だからこそ、

子どもに関わる大人同士が「じぶん」のこと

そして子どもたちのことを話せる環境が

やっぱり大事だなぁと思うのです。

 

 

 

 

 

2022年7月15日

 

小学生の子どもたちの講座の中でこんな話をします。

 

「ボクたちが出会った小学生の子でこんな話をしてくれた子がいるよ。

『わたしは女の子って言ってるのに

クラスの子が男の子やろ~って言ってきたり

笑ったりするのがいややねん。

そして、上の学年の子でわたしの方を見ながらコソコソ話している子がいてな

でも私のことを一番わかってくれているともだちが

そのコソコソ話している子たちに怒ってくれてん。』って。

 

ボクは

『そのともだち大事やなぁ。あなたのために怒ってくれたんやなぁ。』

って話したよ。

 

みんなにはそんなともだちがいるかな?

自分のともだちがもし、何かコソコソ言われていたら

自分やったらどうする?何ができるかな?

楽しい時、嬉しい時

いっしょに笑ったり喜んだりできるともだちも大事やけど

悔しい時悲しい時腹が立つとき

一緒に泣いてくれる怒ってくれる

そんなともだちも大事やなぁって思ってるねん。

みんなにそんなともだちがいたらいいなぁって思うよ。

 

そしてその子にこんな話もしたよ。

『あなたが女の子って言ってるのに

それをあなた以外の誰かがおかしいとか違うとか言えないねんで。

あなたが女の子って思ってるんやったら、あなたは女の子なんやから。』」

 

 

そして講座の最後にはこんな話もします。

 

「ボクのことはボクの大事なこと。

ボク以外の誰かに勝手には決められないねん。

今このクラスにいるみんなのことも

勝手に誰かに決められることはできないねんで。

あなたのことはあなたの大事なこと。

誰にも決められない。

あなたの大事なこと大事にできてたらいいなぁと思ってるよ。

そして、大事にできる環境をボクたちもいっしょにっつくっていきたいと思ってるよ。」

 

子どもたちは一生懸命聞いています。

 

コソコソ言われている子の話をした時

「みんなやったらどうする?」と問いかけると

「怒りに行くで!」「なに言うてんの?!って言う!」

とその場で声をあげてくれる子もいます。

ボクは

「すごいなぁ。ええなぁ。

ボクはみんなにこんな風に言うてるけど

みんなと同じ小学生の時、

もしボクやったらどうしてるかなぁ

何かしたいと思っても

何もできないかもしれないなぁって思ったりするよ。」

そんな話もします。

 

 

こんな感想が届きました。

 

「今日の話を聞いてもう少し早く知りたかったと思いました。

ぼくは肌が茶色なので、ぼくはこの話を聞いてほっとしました。

理由は帰っている時、中・高生の人にコソコソ言われて

アフリカ人と言ってくるからです。

ぼくの母は日本人で昔の父はアフリカ人で離婚しました。

今は、日本人の母と日本人の父と一緒に楽しく暮らしていますが

生まれてから離婚したので肌は茶色なのです。

ボクは日本人として生き、暮らしています。

今日の話でほっとしました。」

 

この感想を読んだとき

この子にとって今回の話は「じぶん」のことを

書きたい、伝えたい

きっかけになったんやなぁと思いました。

ここから

クラスで学校でどんなことを子どもたちと考えていくのか

どんなクラスに学校にしていくのかを

子どもたちといっしょに考えていてほしいなぁと思っています。

 

子どもたちは今の「じぶん」について

一生懸命考えながら聞いています。

【性の在り方】【性の多様性】から「じぶん」について考えるを

テーマにしたこの講座で見えてくる子どもたちの意識や伝えてくれることばは

どこか遠くにいる誰かのことではなく

「じぶん」と

すでに一緒に生きている誰かについて

考えることの大事さを教えてくれています。

 

 

 

 

2022年7月11日

 

ボク自身大人になるまで

「外性器のカタチでその人の性が決まって、すべての人が異性をすきになる」

それが「あたりまえ」と思い生活してきました。

大人になってはじめて

【性のあり方】について

【性の多様性】について知りました。

 

ひとりの人のなかにはいろんな性の要素があります。

①生物学的性、身体のかたち。

②性自認、自分の性をどうとらえているかということ。

③性表現、社会のなかでどんなふうに自分を表現して生きていきたいかということ。

④性的指向、誰のことを好きになるか、また好きにならないかというさまざまな好きのかたち。

 

この4つの側面から考えてみても、

すべてが同じ【性の在り方】の人はいないかもしれませんね。

100人いれば100通りの性があるといわれ

これを【性の多様性】と言います。

そして性が多様であることはとても自然なことなのです。

 

それなのに、1日の生活の中で

「外性器のカタチでその人の性が決まって、すべての人が異性をすきになる」

それが「あたりまえ」でしている会話

かけられる言葉、掲示されているもの

事柄がどれだけあるでしょうか。

 

今この文章を読んでいるあなたも

具体的に考えてみてください。

 

ボクはいろんな原稿を書くときにWordで

「お母さんとお母さんとぼくの3人家族」と文字を入力することがあります。

すると「お母さんとお母さん」の下に赤い波線が入ります。

「お父さんとお父さんとわたしの3人家族」と入力してみても

「お父さんとお父さん」の下に赤い波線が入りました。

 

「お母さんとお母さん」「お父さんとお父さん」

だけを入力しても赤い波線は入りません。

「とぼくの家族」「とわたしの家族」が入ると

「お母さんとお母さん」「お父さんとお父さん」の下に

赤い波線が入るのです。

 

検索してみると

「Wordで文章を作成していると、

赤線や緑色の波線が文字の下に引かれることがあります。

これはWordの文書校正やスペルチェック機能が自動で働いているためです。

主なものを見てみると

まず赤色の波線は英語ではスペルミス

日本語では入力ミスの可能性を示しています。」

と書かれていました。

 

そこで

「お母さんとお母さんとぼくの3人家族」を

「お母さんとお父さんの3人家族」に書き換えてみると

赤い波線は消えました。

入力ミスだと判断されていたということになります。

 

これは「すべての人が異性を好きになる」が

「あたりまえ」になっているひとつの事柄です。

 

ボクのように恋愛対象が異性の人の場合

社会の中で「異性を好きになる」が「あたりまえ」で

行われている様々な事柄について

なかなか気が付きにくいのではないでしょうか。

 

社会はマジョリティの「あたりまえ」

権力を持った人の「あたりまえ」を中心に

動いていることが多いです。

「異性愛者」であるマジョリティ側の人こそ

自分たちの持っている特権に気づき

マジョリティ中心の社会を変えていく必要があると感じています。

それは、

日常生活の中にある、

身近なことからもできるのではないでしょうか。

 

 

【お知らせ】

 

旅するアイル@クロスベイスやります!

場所は、もと御幸森小学校にできた

「いくのコーライブズパーク」2階に

引っ越したクロスベイスです。

 

 

今回はゲストを迎えて、

それぞれの場所で子どもたちに関わる大人

子どもたちの声を聴いている大人たちが

出会った子どもたちのこと

出会っている子どもたちの話をしたいと思っています。

 

今の子どもたちが置かれている現状を共有し

今後の子どもたちへの関わりについて

またそれぞれの活動について

考える機会になればいいなぁと思っています。

 

テーマ

「つながろう。子どもに関わる大人たち。」

 

お話する人   

近藤孝子(こんどうたかこ)

にじいろi-Ru(アイル)

田中一歩(たなかいっぽ)

にじいろi-Ru(アイル) 

 

  ゲスト   

小倉祐輔さん(おぐらゆうすけ)

NPO法人スマイルひろば

 

    ゲスト     

金和永さん(きむふぁよん) 

NPO法人クロスベイス事務局長

NPO法人IKUNO・多文化ふらっと事務局スタッフ

 

*参加は申し込み制になります。

(メールで申し込んでください。jibunrashiku1999@gmail.com) 

 

*日時 2022年9月17日(土)

14時~17時(受付13時半~)

 

*場所 NPO法人クロスベイス

  大阪市生野区桃谷5-5-37

 いくのコーライブズパーク2階

 (もと御幸森小学校)

 

*参加費は500円です

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月5日

 

4歳児クラスの講座がありました。

ともだち紹介で、3人目のともだちが

「ウチは女の人です。女の人が好きです。」

と自己紹介をしてくれました。

 

すると子どもたちの中から

「えーっ!おとこのひとみたい!」

という声が聞こえてきました。

 

コンちゃんが「なんで男の人やと思った?」と聞くと

「かみがみじかいやん!」「スポーツのふくみたい~」

など答えてくれました。

 

「この人は、こんな髪型が好きで、こんな服装が好きな女の人やで。」

とコンちゃんが伝えると

ひとりの子が大きな声で

「チンチンみえてるー!」と言いました。

 

するとそれを聞いたちがう子が

「チンチンなんかみえてへんやん。」

と言いました。

 

ボクが「服着てるから、身体はみえないやんなぁ。」

と話をして、身体の絵を子どもたちに見せました。

その絵を見ながら、

さっき「チンチンみえてるー!」と言った子に

「チンチンはペニスって言うんやで。このともだちにペニスがあると思うってこと?」

と聞きました。

すると「そう。」と答えてくれました。

 

そのあと子どもたちにこんな風に伝えました。

「この人の身体のカタチはボクらは知らないけれど、

この人が自分のこと女の人って言うてるからこの人は女の人なんやで。

身体のカタチは関係ないねんで。

いろんな身体のカタチの女の人、

いろんな身体のカタチの男の人がいるよ。

じぶんのことを女の子か男の子かどっちかわからないなぁって

教えてくれたおともだちもいたよ。

自分がどう思っているかってことが大事なんやで。」

子どもたちは一生懸命聞いていました。

 

以前5歳児クラスで

「チンチンない女の子なんておらんよなぁ。」

ということばが出た時も

同じような話を子どもたちとしました。

 

こんな現実があるのに

【性のあり方】【性の多様性】については

小学生からでもいいんじゃないかというような意見を

つい最近聞きました。

 

今まで日常生活の中で、

誰にも【性のあり方】【性の多様性】について

教えてもらえなかった子どもたちは

「性器のカタチでその人の性は決まる」「誰もが異性を好きになる」を

「あたりまえ」と思い生活をしている子がほとんどです。

 

そして、その「あたりまえ」にあてはまらい人に対しての偏見を

持たされている子どもたちも多いです。

「あたりまえ」にあてはまらない人を

否定し排除していく子どもたちもいます。

 

このような意識は、

小学校に上がるもっと前から

子どもたちが日々の生活の中で

得ている情報によってつくられたものです。

 

【性のあり方】【性の多様性】の情報を

子どもたちに提供してこなかったのはボクたち大人です。

 

そして、子どもたちに偏見を持たしてしまっているのは、

ボクたち大人に大きく責任があると思っています。

 

すべての子どもたちが【性のあり方】について知ったうえで

「じぶん」を生きる権利があります。

そして【性のあり方】によって

排除されていい人なんてひとりもいません。

 

そのことを

どんなふうに、どんな場面で

子どもたちと考えていくのか

子どもに関わる大人ひとりひとりが

考える必要があると思っています。

 

自分たちが生きているこの社会でどんなことが起こっているのか

その社会で自分たちはどんな関係を大切に生きていくのか

そんなことも子どもたちと考えていきたいですね。

 

そのためには、今、子どもに関わる大人たちが

子どもたちについて、じぶんについて話せる場は

とても大切だと思っています。

 

旅するアイル@クロスベイスでは

そんな大人たちの話を聞いたり

大人同士が話ができる場になればいいなぁと思っています。

いくのコーライブズパークに引っ越ししたクロスベイスで

9月17日(土)に開催します。

参加申し込みが必要です。

ぜひお越しください。待ってまーす( *´艸`)

 

 

 

 

 

 

2022年6月24日

 

 

教室のうしろで1人できいている子。

その子に気づいて、その子の横に行っていっしょにきく子。

椅子の上に三角座りしたり

椅子を使っていろいろ動きながら話をきいている子。

隣りのともだちの手を触りながら参加している子。

 

 

4年生の子どもたちは

講座の中でいろんな姿を見せてくれました。

そして

今自分が思っていること

知っていること、聞きたいこと

たくさん話してくれました。

 

 

ともだち紹介では

3人目のともだちが出てくると

子ども「男の人!」

コンちゃん「何でそう思う?」

子ども「男の人の髪型やん!」

子ども「服に1がついてて、スポーツの服かなぁと思うから、男の子やと思う。」

コンちゃん「そっかぁ。じゃあ、この人の話聞いてみよか。」

ともだち「ウチは女です。好きになる人は女の人です。」

子ども「えーっ!?女の人なん?」

 

ボク「この人は、その時その時自分の好きな髪型をして、

自分の着たい服を着て、自分のこと女って思っている人。

長い間好きな女の人といっしょに生活をしてる人やで。」

 

子ども「自由やな!」

 

ボク「そやなぁ。自分の気持ちを大事にしながら自由に生きてる人やなぁ。

ボクはこの人に出会って、

自分のキモチを大事に生きる人ってステキやなぁって思ったし

ボクもこの人たちみたいに自分のキモチを大事に生きたいなぁと思ったよ。

みんなはどうかなぁ。

自分の好きなこと大事にしたいこと大事にできてるかな。」

 

講座が終わると

みんなと離れてうしろで参加していた子が

折り紙で作った作品をくれました。

 

「いっしょにうしろで聞いてたAちゃんがつくったやつやねん。

いっぽちゃんにあげるわ。」

 

子どもたちの講座の参加の仕方は、本当にそれぞれです。

いつものともだち関係やクラスでの居場所、

きっといろいろあって、

だから講座の時にもいろんな姿があって当然です。

 

いろんな子どもたちがいてあたりまえの教室で

何を大事に、何を考えて

どんな時間をいっしょに過ごすのかが

大切だと思っています。

 

講座のあの時間も

子どもたちにとって

ほんのちょっとそんな時間になればいなぁと思っています。

 

 

 

 

2022年6月19日

 

 

子どもたちに会いに行く日が続いています。

子どもたちの講座・講演では最後に

絵本「じぶんをいきるためのるーる。」をプレゼントします。

絵本を開いたところに、メッセージを書いています。

 

「ひとりじゃないよー。」

「じぶんのキモチだいじ。」

「じぶん、まる!」

 

ボクが子どもの時

誰かに言ってほしかったことばです。

 

子どもたちに届いたらいいなぁ。

 

 

 

 

 

 

2022年5月27日

 

 

「みんなに女の子って思われているボクが

自分のことを男の子って思ってるってことを

ともだちにも先生にも家族にも言えなかった理由を

さっき話したけど覚えてるかな?」

 

と講座の中で子どもたちに問いかける場面があります。

 

「いっぽさんは、そのことを言ったら笑われると思ったから。」

「みんなに変とかおかしいと言われると思ったから。」

「仲間はずれにされると思ったから。」

「嫌われるんじゃないかと思ったから。」

「お母さんを悲しませると思ったから。」

 

こんな風にいろんな意見を言ってくれます。

 

 

ボクの話の中では

「仲間はずれにされると思ったから。」

「嫌われるんじゃないかと思ったから。」

「お母さんを悲しませると思ったから。」

このような話はしません。

 

 

子どもの時のボクが思っていたことというのは

大人になってから思い出して

話したり書いたりしているものです。

 

また具体的にあった出来事もはっきりと覚えている出来事は話せるけれど

覚えていない出来事の方が多いです。

 

そして、その時のキモチを表す「ことば」というのは

「笑われたくない」

「おかしい、変って言われたくない」

「怖かった」など

とても抽象的です。

 

でも、講座の中での子どもたちが

話してくれる内容はとても具体的です。

 

今、過ごしているこのクラスで

今、生活している環境の中で

もし自分にボクと同じような悩み事があったら。。。

また、性や身体のことだけではなく

自分の中で誰にも言えないこと

困っていることがあった時に

自分が思うこと、考えることを

「ことば」にしているんだろうなぁと思っています。

 

 

子どもたちのそんな意見を聞いていると

ボクが子どもの時

そんなことも思っていたかもしれないなぁとも思うのです。

 

 

なので、意見を言ってくれた子どもたちには

「そんなことは言ってないなぁ。」

ではなく

「そんな風にも思っていたかもしれんなぁ。」

と返しました。

 

 

子どもたちが

何を思っているのか

何を考えているのか

どうありたいのか

どう生きたいのか

その時その時

具体的な「ことば」で表すことができることは

とても大事だなぁと思っています。

 

 

今年度の講座も

こんな風に子どもたちと

いっしょにつくっていきたいと思っています。

 

 

2022年5月16日

2022年度の出前講座がはじまります。

講座をはじめて7年目。

 

いろんな子どもたちと出会って

今、子どもたちが

思っていること、考えていること

知りたいこと、聞きたいこと

「知りたいと思ってるよ。」

「いっしょに考えよー。」

というキモチで講座をしてきました。

 

そして、ボクたちが思っていること

知ったこと、考えていること

一緒にみんなと考えたいことを丁寧に伝えてきました。

 

そうやってこの講座は

子どもたちといっしょにつくってきたと思っています。

 

出前講座で子どもたちと出会う時

今日はどんな講座になるかなー?と

ワクワクしたキモチと

じぶんの話をすることにドキドキしたキモチがあります。

 

これは、何年しててもやっぱり変わらない。

 

教室に入ったとき

このふたつのキモチが合わさって

デコボコしたボクのキモチは

講座でいろんなやり取りをして

子どもたちの表情、出している姿を見ているうちに

「子どもたちもいろんなキモチでここにいるんやなぁ。」

「ボクも正直なじぶんでここにいたらいいんやなぁ」

とキモチがちょっとずつまぁるくなります。

 

 

そして

今まで講座の最後に

ひとり1枚子どもたちにプレゼントしてきた

「ポストカード」のデザインもいろいろです。

 

講座が終わってポストカードを持って帰った子どもたちは

家でこのポストカードを見せながら講座の話をしていると聞きました。

 

また、数年前に小学校の講座で出会った子どもが中学生になっていて

久しぶりに出会ったとき

「いっぽさん、もらったポストカード部屋の毎日見えるところに飾ってるよ!」

と話してくれたこともあります。

 

「ここにいるよ。」

「じぶん、まる!」

 

 

今年度も出会う子どもたちに届けたいと思います。

寄付していただいた方々、ありがとうございます。

 

 

 

 

2022年3月17日

 

4歳~小学校6年生対象にしている

『出前講座「じぶんをいきるためのるーる。」を子どもたちに届けよう!2021』は

今日が最終講座でした。

 

今年度も状況により延期や中止になった講座もありましたが

約160講座行うことができました。

 

今日は4歳児1講座、5歳児1講座でしたが

最初の「ともだち紹介」

そしてそのあとの「じぶんちゃんづくり」の中でも

子どもたちが口々につぶやく言葉や

出している姿に対して

「どうしたん?」「なんでそう思う?」

「そっかぁ。そんな風に思ったんやなぁ。」

とやり取りしながら進めいていきました。

 

子どもたちは

「ぜったいおとこのこ!」「おんなのこ~」など

見た目(髪型、服装など)で自分の思ったことを言っています。

「ぜったいおとこのこ!」って思ったともだちが

「わたしはおんなのこです。」というと

「えーーーーーっ!!」

と言った子どもたちがいました。

 

ボクは

「この子は、こんな髪型や服装が好きな、女の子なんやで。

みんなも自分の好きな髪形で来てたらいいなぁ。

そして、自分じゃない誰かのことを勝手に

「女の子」とか「男の子」とか決められへんで。

このクラスのおともだちのこともいっしょやで。

おともだちが自分のことを「女の子」って言ってたら

そのおともだちは「女の子」なんやで~」

とその子たちに言いました。

 

次のともだちが出てきても

その子たちはやっぱり

「女の子やなぁ!」

と大きな声で言いました。

 

すると

じーっと黙って聞いていたひとりの子が

「かってにはきめられへんで!」

とその子たちに言いました。

 

言われた子たちは真剣な表情で

その子の顔と

前に出てきたともだちを見ていました。

 

そしてそのあとともだちが出てくると

「女の子かもしれん。」「たぶん男の子かな?」

とつぶやいていました。

 

たった1度の講座で

子どもたちの中にある「あたりまえ」が変わるとは思いません。

「性の在り方」について深く知った大人が

生活の中、あそびの中で

子どもたちといっぱいやり取りしながら

一緒に考えていけたらいいなぁと思っています。

 

2022年度の講座の申し込みは4月に始まります。

HPの『出前講座「じぶんをいきるためのるーる。」を子どもたちに届けよう!2022』は準備中です。

はじまりましたらここでもお伝えします。

1年間本当にありがとうございました。

 

 

 2022年3月12日

 

 

4限目の講座が終わって

AとBふたりの子がボク達のところにきました。

 

Aはじぶんのセクシュアリティについて思ってること

そのこと親に話してもわかってもらえないこと

Bにはその話ができてることなど話してくれました。

 

Bもとなりでその子の話をいっしょに聞いていました。

 

ふたりは6年生ではじめて同じクラスになって

じぶんの話をお互いにできるともだちで

Bは今日の講座中も、

Aがどんな気持ちで話を聞いてるかなぁと思いながら

参加していたと教えてくれました。

 

「何か今してほしこととかはないけど、ただ聞いてほしかった。」

とAは言いました。

 

ボクらがAとBと話してる部屋に

同じクラスのCがのぞきにきました。

 

C「A、給食当番やで。まだ話してる?」

B「あっ…」

C「いいねんで。まだ話してても。」

B「あっ、もう終わったから戻るわ。」

 

ちょうど話し終わった頃だったので

3人で教室に帰っていきました。

 

給食と掃除の時間が終わった頃

CがA とBといっしょにやってきました。

「どうしたん?」と聞くと

「家族の話聞いてほしくて。」とCが言いました。

「そっかぁ。ここ座っていいよ。Aと Bはどうしたん?」

と聞くと

 

「給食の時にな

さっき呼びに来てくれてありがとうってCに言ったら

Cがオレも話しにいきたいと思ってたから

2人の気持ちわかるしって言ってくれてん。

だから、あとでいっしょにコンちゃんと一歩さんとこ行こう!

っなって、いっしょに来てん。」

とAが教えてくれました。

 

Cは、親が再婚して名前が変わったこと

その後離婚し、それからの親たちのこと

色々今思ってること困ってることを話してくれました。

 

最後にCは

「別にどうこうしてほしいわけじゃないねん。

でも、聞いて欲しいなぁと思って。」

と言いました。

 

ボクが

「そっかぁ。そんな話誰か聞いてくれる人他にいるん?」

と聞くと

「おるで。オレの後ろに座ってた子はいつも聞いてくれるで。」

とCは言いました。

 

ボクは「そんなともだちおってええなぁ」と伝えました。

 

A とBはすこし離れたところでじーっと黙ってCの話を聞いていました。

 

小学校高学年の講座の中ではこんな話もします。

 

「ボク自身が過ごしたあのクラスにも

きっといろんな家族のカタチ、生活のカタチの

ともだちがいたんやろうなぁって思っているよ。

ボクが自分自身のことをだれにも言えないと思っていたように

自分が悩んでいること、聞いてほしいなぁと思っていることが

ボクには言えないなぁ、言いたくないなぁって

思ってたともだちもいたんじゃないかなぁって

今大人になって思うねん。」

 

子どもたちは今自分の置かれている状況や生活が

何かによって大きく変わるとは思っていないし

どうしようもないということもわかりながら今を過ごしています。

 

それでも、こんなこと思ってるねん。。。。って

誰かに聞いてほしいんやなぁ。

誰かに聞いてもらいながら

折り合いをつけて生きている気がします。

 

終わったあと

「じぶんの話をしたい。聞いてほしい。」

「わたしはここにいるねん。」

とボクたちのところに来る子どもたちが

ひとりではなくともだちと来てくれる時

なんだかうれしい気持ちになります。

 

でも、中には、

ひとりで悩んでいる子、

話をしにくることもできない子もいます。

感想の中に、何枚もその思いを書いてくる子もいます。

 

今まで、ボクは

「誰かと出会うこと」で

今までの「じぶん」を振り返ったり

今の「じぶん」を思ったり

これからの「じぶん」を想像したりしてきた気がします。

 

そのことで

ちょっと気持ちが楽になったり、ちょっとしんどくなったり。

その繰り返しで、今の「じぶん」がいます。

 

ひとりで悩んでいる子どもたちにとって

ボクたちとの出会いが、

あの子たちが出会ってきた人

出会うかもしれない人たちの中の

「ひとり」になれたらいいなぁと思っています。

 

 

 

 

2022年3月5日

 

 

5歳児の講座で

「ぼくは、お母さんとお母さんとぼくの3人の家族です。」

と、ともだちが登場すると

「なんでお母さんふたりなん?」

と聞いてくれる子どもたち。

「この子は、お母さんの大好きな女の人と一緒に家族として暮らしてるよ。」

と伝えると「そうなんや~。わたしはな・・・・」

「ぼくは・・・」

とそれぞれの生活、家族の話をしてくれました。

 

とても短い髪形でズボンをはいたともだちが

「うちは女の子です。」

というと

「えーーーーっ!」「おとこのこじゃないの??」

というので

「この人は女の子って自分のこと教えてくれてるよ。

こんな髪型が好きで、こんな服が好きやねんて。」

と伝えました。

 

小さな子どもたちは

いろんなともだちと出会う中で

自分の思ったことを口々に言ってくれます。

 

いろいろやり取りしたあと

ひとりの子がボクたちのほうを見て

「でも、ちんちんある女の子なんかおらんやんなぁ??」

と言いました。

突然の質問でした。

 

ボクは

「いるよ。知らんかった??」

と答えました。

そして続けて

 

「ちんちんは『ペニス』って言うんやで。

ペニスがある身体の

女の子もいるよ。」

と言いました。

 

そのあと

小学生以上の講座で使う身体のカタチの絵を見せながら

「こんな身体のカタチの女の子もいるし

こんな体のカタチの男の子もいるよ。

いろんな身体のカタチの人がいるんやで。」

と話しました。

 

身体のカタチの絵をみて笑いが止まらない子どもたち

じーっと黙ってボクたちの話を聞いてる子どもたち

いろいろでした。

 

そして続けてこんな話もしました。

「さっき、みんなが出会ってくれたともだちが自分のこと

「女の子」「男の子」どう思っているか教えてくれたやんなぁ。

そしてこの人たちは服を着てるよね。

だからどんな身体かは見えないよね。

身体のカタチではその人が「女の子」「男の子」かは決まらないんやで。

自分のことどう思っているかが大事なことなんやで。」

 

何年か前、小学校での講座の時も

「その子の服って脱げるん?」

と聞いた子がいました。

 

「なんで?」とボクが聞くと

その子は「どんな身体のかたちかなぁと思って。」

と言いました。

ボクは「身体のかたちが何で気になるんやろなぁ。」

そんな話をしたこともあります。

 

そして

「誰かが誰かの服を勝手には脱がすことはできひんねん。

だからこの人たちの服ももちろん脱がすことはできないよ。」

と話しました。

 

子どもたち向けの講座を始めて6年。

4,5歳の子どもたちに

「身体のカタチ」の話をしたのは

はじめてでした。

 

今回の講座を通して見えてきたのは

小学生に上がる前の

4,5歳の小さな子どもたちであっても

「身体のカタチ」「性器のカタチ」で

「女の子」「男の子」が決まると思っているし

服を着ている人の「身体のカタチ」も

勝手に想像し、勝手に決めているということです。

 

ボクたちにじいろi-Ru(アイル)が

4歳以上の子どもたちを対象に講座をしたいと思い

始めた時も子どもたちの中にある

「あたりまえ」についてわかっていたつもりだけれど

講座の中で子どもたちとやり取りする中で

より具体的にそのことが見えてきています。

 

今までは、小学生以上の講座で伝えてきたこと。

 

「身体のカタチ、性器のカタチでその人の性は決まらない。

その人が自分のことをどう思っているかがその人の大事なことなんやで。

その子が自分のこと「女の子」って言ったら

その子は「女の子」。

他の人が「それは違う」とか「おかしい」は

言えないってボクは思ってるよ。

女の子?男の子?

どっちのキモチもする?

どっちかわからん?

このクラスにもいろんな子がいるやろなぁと思ってるよ。

ボクとコンちゃんは、

みんなのことを勝手に

「女の子」「男の子」と決められない。

先生にも、家族にも決められないんやで。

そして、

隣に座っているともだちのことも勝手には決められない。

そのともだちが自分のことをどう思ってるかが

そのともだちの大事なことやで。」

 

この内容は

もっと小さな年齢の子どもたちから知る必要がある

ということはもちろんですが

子どもたちのまわりにいるボクたち大人が

『性器のかたちでその人の性は決まる』

といったことを前提にした

子どもたちに対する声かけや

生活の中の「あたりまえ」を

変えていかないといけないと実感しています。

 

 

 

 

 

2022年2月15日

 

 

ある6年生の講座の後

「じぶんのこと話していいですか?」

と、ひとりの子がやってきました。

 

 保育園の時くらいから、

女と男、半分半分ってじぶんのこと思ってて

それを周りの子に言ったら

保育園では「そーなんやー!」って

感じで言われてたんやけど

小学校1年生になったら「それはおかしい!」って

言われるようになった。

女の子にならないとって思いながらも、

一人称だけは「ボク」って言いたくて、

今もボクって言ってる。

でも、今日

「じぶんがじぶんのことどう思うかも色々なんやで。」

って聞いて

ボクは「女の子半分、男の子半分でいいんや!」

ってすごく嬉しかったんです。

 

 

と話してくれました。

 

2年生の講座の後やってきたひとりの子。

「いっぽさん、わたしは女か男かどっちやと思う?」

と聞いてきました。

「今日出会ったあなたのこと、ボクは何も知らないから、わからないなぁ。」

というと、その子は

「女の子、男の子どっちでもないと思ってる。」

と教えてくれました。

 

きっと講座の中で

「今から心の中で考えてみて。あなたはじぶんのことどう思ってるかな。

女の子?男の子?

どっちのキモチもする?

どっちでもないなぁ?わからないなぁとか

いろんな子がココにいると思ってるよ。」

って話をしたからだと思います。

 

今まで園や学校は

性別は女か男

それが当たり前で動いてきました。

 

でも、

割り当てられた性と自認する性が違う子ども達がいる

ということがわかり

園や学校は少しずつ考えるようになってきました。

 

ただ

「女ではなく男」「男ではなく女」という

やっぱり「どちらかしかない」

ことにはなっているように思います。

 

だから

ボクらに話してくれたこの子たちのように

「どっちでもある」「半分半分」「どっちでもない」

のように思っている子は

なかなか学校の中で

表面化しにくいのではないかと思っています。

 

女か男か。

性別はハッキリふたつに分けられるものではないこと。

その人がじぶんの性をどう捉えているかが

その人の大事なことで

それはホントに色々。

 

それなのに

女か男か?

どちらかに決めないと

そこに存在できないような仕組みで

動いている園や学校、社会があります。

 

園・学校・社会が

今まで「あたりまえ」と思いやってきてことについて問い直し

性の在り方が多様であることを前提に

今までの「あたりまえ」を変えていくことが

大事だと思っています。

 

 

 

 

2022年2月9日

 

 6年生の講座でのことです。

 

最初のともだち紹介の中で

「この人は60代の女性で、

大好きな女性と家族としてずーっと暮らしているよ。」

と話をした時のことです。

 

A「これって架空の話??」

ボク「どういうこと?」

A「ほんまにいるひと?」

ボク「そやで。なんでそんな風に思ったん?」

B「みんなと常識がずれてるから。」

ボク「みんなって?みんなって誰のこと?」

B「え?ここにいるクラスのみんな。」

C「それ、じぶんの常識やろ!」

 

Cが言ったあと

今まで張り切って意見を言っていたBは

少し困ったような顔をして座りました。

 

他のまわりの子どもたちも

このやり取りを一生懸命聞いていました。

 

言葉に出して言ったのは何人かの子たちだけど

それぞれにいろんなことを考えながら

このやり取りを聞いていたんじゃないかなぁと思います。

 

ボク「このクラスには何人の子どもたちがいるんかな?」

A「30人!」

 

「30人それぞれの『常識・あたりまえ』があるかもしれへんなぁ。

じぶんが『常識・あたりまえ』と思っていることが

ともだちの『常識・あたりまえ』ではないこともあるかもしれへんで。

今日の話をきっかけにそんなことも考えてみて。

そして、自分の『常識・あたりまえ』とともだちの『常識・あたりまえ』が

違うかったとき「そーなんや!」って尊重できるクラスにできたらいいね。

そのためには自分には何ができるかも考えてみてほしいなぁ。」

 

そんな話を子どもたちとしました。

 

子どもたちはじぶんの中にある「あたりまえ」と

向き合いながら45分間を過ごしています。

 

子どもたちの表情を見ているとそのことが伝わってきます。

 

だから

ボクたちも45分真剣に丁寧に

子どもたちと向き合いたいと思っています。

 

子どもたちが生きている世界はとても狭い世界だと思っています。

 

だから、出前講座のように園や学校が

誰かと何かと出会う時間や環境を

つくることもとても大事だと思っています。

 

ただ

子どもたちにとって毎日一緒に過ごす人

環境の影響は大きいです。

 

日常生活の中で、授業の前に、授業の中で、休憩時間、

子どもたちとどんな話をするのか

子どもたちからどんな話をきけるのか

子どもたちといっしょに何を考えるのか。

 

そして忘れてはいけないのは、

園や学校で働いている大人の人たちの中にも

いろんな人がいるということです。

 

「いる」のに「いない」ものにされず

そこで働いているひとりひとりの人権が大事にされる

そんな環境であることは

とても大事だと思っています。

 

子どもたちといっしょに講座に参加する職員の感想を見ていると

自分自身について考えたこと

子どもたちについて考えたこと

そしてこれから子どもたちと考えていきたいことを

いっぱい書いてくれている先生がいます。

 

そこに書かれているようなことが

同じ働く仲間の中でも大事にされていたらいいなぁ

話ができる職員同士の関係があったらいいなぁと思っています。

 

2022年2月7日

 

毎日のように子どもたちの講座が続いています。

小学校2年生の講座でのことです。

 

講座の最後みんなで絵本を見たあと

ボクがこんな話をしました。

 

「ボクやコンちゃん先生たち大人は、

みんなが好きなことや大事にしたいことを大事にできる

そんなクラスや学校を一緒につくりたいと思っています。」と

言い終わった瞬間

ひとりの子が

「そんなんできるはずないやん!」

と言いました。

その子の顔は真剣でした。

ボクは思わず「がんばります!」と

その子の顔を見て言いました。

 

その子も、周りの子どもたちも

真剣にボクたちの顔を見ていました。

 

「そんなんできるはずないやん!」

と言ったその子は

講座の45分間ずーっと

小さなタオルを武器のように持って

何かと戦っているようなポーズをしながら

小さな声で「プシューッ!ダダダダダ!!」と

銃声の音マネのようなことをしながら

講座に参加している子でした。

 

ボクは「この子はボクの話を聞いてるんかな?」と

思いながらも

その子の様子を見守りながら話をしていました。

 

でも、ボクの話の途中で

「ボクが、コンちゃんに自分のことを

言うまでなんで誰にもこのことを言えなかったのか、

理由をさっき言ったんやけど誰か覚えてるかな?」と

子どもたちに質問した時、

その子が一番に張り切って手を挙げ

「みんなに『ヘン』って言われるかもしれへんって思ったから言えなかった。」と

答えてくれました。

 

この子はボクの話聞いてるんやなぁ。。。

子どもたちのいろんな参加の仕方・いろんなきき方があるんやなぁと

改めて自分の中にある子どもたちへの見方を問われる瞬間でした。

 

なので

その子が「そんなんできるはずないやん!」と言ったとき

その子の心の底からの声を突き付けられた気がしました。

 

その講座の後

そのクラスの子どもたちは自分の今好きなこと、

はまっていること

大事にしたいことを

いっぱい伝えに来てくれました。

 

講座の中で子どもたちはほんとにいろんな姿を出してくれます。

そしていろんなことを教えてくれます。

何も言わずずーっと黙って参加して

終わった後そーっとボクたちのところにきて

「じぶん」の大事なことを

伝えてくれる子どもたちもいます。

 

6年間子どもたちと講座をしていて思うのは

ドキドキする「じぶん」

真剣な「じぶん」

わからないなぁって思っている「じぶん」

一緒に考えたいと思ってるよっていう「じぶん」

みんなの気持ちを知りたいよって思っている「じぶん」

ボクの中にいるいろんな「じぶん」を隠さず

子どもたちの前にいることが

子どもたち自身が

「じぶん」のいろんな「じぶん」を

出してくれることにつながっているように思います。

 

2022年1月10日

2022年が始まりましたね。

みなさんこんにちは~(^^♪

 

 1月2月は子ども向けの講座は

毎日のように子どもたち向けの講座が続きます。

どんな講座になるかとっても楽しみです。

 

 

 1月8日夕方の報道特集という番組で

「性別違和のある子どもたち」

という特集がありました。

 

 出生時に外性器のカタチで割り当てられた性【生物学的性】と

自分が自分のことをどう思うか【性自認】が

同じであろう子どもたちは

誰かに自分の【性自認】について

理由を聞かれることもなく

困ることなく生きることができています。

 

それは、その子たちが園・保育所の中でマジョリティだからです。

社会はマジョリティの人たちの「あたりまえ」を

中心に動いていることがたくさんあります。

 

それは、園や保育所も同じです。

なのでマジョリティである【生物学的性】と

【性自認】が同じであろう子どもたちの性のあり方は

その子たちが何も説明しなくても、

何もがんばらなくても尊重されています。

 

 ボクたちが出会っている【生物学的性】と【性自認】が

違うと感じている子どもたちの現状を見てみるとどうでしょう。

 

 幼稚園で先生に「女の子と男の子にわかれて~」という声をかけられ

「男の子」のほうに行くと「女の子はこっちよ。」と

先生に言われ「女の子」のほうに連れていかれ

大泣きした4歳のあの子。

 

 クラスのともだちに「女の子でしょ!」と言われ

「男の子!」と言っても信用してもらえず

トイレの個室で用を足しているところを

のぞかれた5歳のあの子。

 

 園の子たちに何度も「男の子やろ?!」と

言われていることを知った家族が

本人に「そんな時どうしてるん?」と聞くと

「むししてる。ようちえんのことはようちえんでおわらせてるから。」

と答えた5歳のあの子。

 

 ボクたちが出会っている小さなあの子たちは

何度も何度も「女の子?男の子?」と聞かれ

「おちんちんあるやん!おとこのこやろ!」

「おんなのこやんかぁ。おとこのこちゃうやん!」

と言われています。

 

自分の【性自認】について

理由を聞かれ

説明を求められ

それは間違っていると言われています。

 

マイノリティとされる子どもたちの性の在り方は

「否定・排除」されている状況があります。

 

 保育所・幼稚園・こども園の

職員の方向けにお話しすることがあります。

 

職員の方が、

それぞれの園での子どもたちの姿や出来事を

話してくれる中で

「クラスにいるAちゃんは【生物学的性】が「男の子」で

【性自認】が「女の子」なんです。

Aちゃんのことをまわりの子が

Aちゃんは男の子やーというので

Aちゃんは男の子だけど女の子になりたい子なんだよ

と説明しました。」と教えてくれました。

 

Aちゃんは「女の子」になりたい子ではなくて「女の子」。

 

理由は、Aちゃん自身が自分のことを

「女の子」と思っているからです。

 

これが【性自認】です。

 

園で毎日のように「男の子やろー?!」

と言われている5歳のBちゃんに

「幼稚園の先生たちに何かしてほしいことある?」

と聞くと

「Bちゃんはおんなのこですって、みんなにちゃんといってほしい。」

と言っていました。

たったそれだけでいいんですよね。

 

どの子も自分の【性自認】で生きる権利があります。

 

小学生向けの講座の中でこんな話をします。

 

「身体のカタチ、性器のカタチでその人の性は決まらない。

その人が自分のことをどう思っているかがその人の大事なことなんやで。

その子が自分のこと「女の子」って言ったら、その子は「女の子」。

他の人が「それは違う」とか「おかしい」は

 

言えないってボクは思ってるよ。

女の子?男の子?どっちのキモチもする?どっちかわからん?

このクラスにもいろんな子がいるやろなぁと思ってるよ。

ボクとコンちゃんは、みんなのことを勝手に

「女の子」「男の子」と決められない。

先生にも、家族にも決められないんやで。

そして、隣に座っているともだちのことも勝手には決められない。

そのともだちが自分のことをどう思ってるかが

そのともだちの大事なことやで。」

 

この内容は

もっともっと小さな年齢の子どもたちにも

伝えていく必要があると実感しています。

 

 

 

 

 

2021年12月2日

 

5歳児の子どもたちの講座で

「お母さんとお母さんとボクの3人家族です。」

というともだちが出てきたとき

子どもたちと家族の話になりました。

 

 ボクが子どもたちに

「ボクのともだちに、私はお母さんとふたり家族やねんっていうともだちとか

ぼくは弟とお父さんと3人家族やねんっていうともだちとか

おじいちゃんとおばあちゃんと家族で暮らしているともだちとか

お父さんとお父さんの家族のともだちもいるよ。

ここにもいろんな家族のカタチのともだちがいるんちゃうかなぁと思っているよ。」

と話すと

ひとりの子が「ぼくは4にんかぞく!」

と教えてくれました。

 

すると、そのクラスの子どもたちが次々と

「わたしは8にんかぞく~」

「ぼくは、ぼくとおかあさんとおにいちゃんと3にんかぞくやねん。」

と話しはじめました。

 

中には黙ってみんなの話を聞いている子もいます。

 

「いろんな家族のカタチのともだちがここにもいるなぁ。

教えてくれてありがとう。

どんな家族のカタチでも

おかしい家族のカタチはボクはないと思ってるよ。」

と子どもたちに言いました。

 

 講座が終わって園の先生と

講座の中で見えた子どもたちのいろんな姿や

様子を見て思ったこと、感じたことを

お互いに話しました。

 

家族のカタチや人数の話をした時の

子どもたちの様子を見ていた先生がこんなことを話してくれました。

 

「あの時に、じーっと黙ってたAはきっと

「家族」って誰やろう?何人?って思ってたんちゃうかなぁ。

お母さんと暮らしていて

お母さんに好きな人ができると一緒に暮らして

その時は3人、別れると2人になる。

そんな生活を繰り返している子やから。」

 

 ボクはその話を聞いて思いました。

 

 みんながそれぞれ「じぶん」について

「じぶんの家族」について話しているのを聞いて

Aもきっと「じぶん」のこと

「じぶんの家族」のこと

考えていたんじゃないかなぁと。

 

 そのあとの「じぶんちゃんづくり」で

Aは、毛糸を髪の毛に見立てて

ボンドで丁寧に貼れたこと

そしてともだちが「それいいなぁ。」

と言ってくれたこと

その「いいなぁ」って言ったともだちが

Aのマネをしてくれてうれしかったことを

ボクに伝えてくれました。

その話をしているときのAはとっても嬉しそうでした。

 

 ボクたちが5歳の子どもたちと

一緒に過ごす時間はたった1時間です。

 

その中で子どもたちはいろんな表情を見せてくれます。

そして、いろんなつぶやきをします。

 

講座に一緒に参加してくれているクラス・園の先生たちは、

ボクたちが知らない子どもたちのこと、

ともだち関係や生活背景のことを知っていて、

子どもたちの様子、

ボクたちと子どもたちのやり取りをを見守ってくれています。

 

なので、ボクたちにはわからない子どもたちのキモチを想像したり、

考えたりできると思っています。

講座の後、ボクたちが感じたこと、

先生たちが思ったことを伝いあう中で

より深く子どもたちについて考えることができると思っています。

 

 子どもたちにとって、

いろんな人に出会えること、

いろんなことに出会えることは、

そのことを通して「じぶん」について考えることに

つながっていると思っています。

 

小さな子どもたちがどんな人に出会えるか、

どんな社会とつながるかは、

小さな子どもたちのまわりにいる大人の存在がとても大きいです。

では、大人はどんな社会とつながっているか

どんな人と出会えているのか。

子どもたちのまわりにいる大人たちにとって

いろんな情報を得ることができる環境があること

そしていろんな人と出会えることは

子どもたちにつながっているんだなぁと思います。

 

 クラスの中で、園の中で

社会の中で子どもたちがいま置かれている状況を知り、

その状況、環境のなかで

ボクはどこにいるのか

どこに立つのか

どんな社会にしたいのか

考えていきたいです。

 

排除や否定を許さないひとりに、

そしてひとりひとりの大事にしたいことが大事にされる

そんな社会をつくるひとりでありたいと思います。

 

 小学生以上の講座ではボク自身のことを子どもたちに話します。

最初にこんな投げかけをします。

 

「大人になったボクは今

誰かに自分のことを決められるのは絶対に嫌やって思ってるねん。

自分のキモチを大事にしていきたいと思ってるよ。

今から、ボクの話、ボクが出会ってきた人たちの話をするけれど

みんなにはボクの話を聞きながら

「じぶん」について考えてほしいなぁと思ってるよ。

そして、近くにいる誰かについても考えられたらいいなぁと思ってるよ。」

 

 そして、話の中ではボク自身誰かに

「おかしい」と笑われるのが怖くて

みんなの「あたりまえ」に合わせて笑って生活してきたけれど

ボクのまわりにもボクの「あたりまえ」に合わせて

一生懸命笑って生きていたともだちがいたことに

大人になってから気づいたという話もします。

 

 今年度送られてきた小学生の子どもたちの感想を少し紹介します。

 

私は本当はパパとママと私で3人家族ですが、

ここ2年はママと私の2人で過ごしています。

わたしは女の子が好きです。

わたしは物事を覚えることは苦手ですが、

耳をすまして小さな音を聞き取ることは得意です。

【小5】

 

話の中で「髪型」の話をした時「じぶんのスキな髪形にできている」と手をあげました。

でも、本当は心の中では「髪の毛を長くしたい」と思っていました。

ボクは「男の子」なんですけど、女60パーセント、男40パーセントと思っています。

今日の話を聞いて、はじめて自分に正直になれました。

【小5】

 

わたしのお姉ちゃんは自分のことを

「オレ」と言います。

スカートは絶対にはきません。

わたしはお姉ちゃんのことを「ヘン」だと思っていました。

でも今日の話を聞きながら

お姉ちゃんのことを深く考えました。

【小5】

 

わたしのともだちは自分のことを「ぼく」と言います。

わたしはそれを聞いて笑ってしまっていました。

今日の話を聞いて

私はともだちのことを考えていなかったなぁと思いました。

ともだちにあやまりました。

【小6】

 

 

 

2021年11月6日

 

中学生向けに話をすることが続いています。

小学生はクラスごとに講座を行うので

途中やり取りをしながら進んでいきますが

中学生は話を聞いたあと

質問や感想を聞く時間を取る学校が多いです。

 

ある中学校での講演後

数人の子がぼくたちのところにやってきました。

 

ひとりの子が

「いっぽさんはLGBTの子と出会ったとき

気を付けていることはありますか?」

と質問しました。

「なんでそれを聞きたいん?」

と聞くと

「じぶんは人の気持ちを聞いて、助けてあげられるような人になりたいから。」

と言いました。

 

ぼくが「LGBTの子どもって?」と聞き返すと

ちょっと困った顔をするので

「LGBTの子どもって誰かなぁ?」と聞くと

その子は

「一歩さんの話の中で出てきた、一歩さんと同じやねん!って

話してくれた幼稚園の子のこととか。。。」

と言ったので

「あの話で出てきた子のこと?ぼくはLGBTの子とは言ってないよね。

LGBTの子ってどんな子やと思う?」と聞くと

「うーん。。。」と首を傾けました。

 

「LGBTって言葉はとても大事な言葉やとボクは思ってるねん。

自分の恋愛対象であったりとか

自分のことをどんな風に思っているかとか?

自分がどう生きたいかってことを

大切にしたくても、

周りから「それはおかしい」って排除され

いないことにされてきた人たちがいるねんな。

その人たちが「わたしはここにいる!」って

声を上げて、

奪われてきた自分たちの権利を取り戻そうとつながり

立ち上がった時につくった言葉やと思ってるねん。

だから、大事に使いたいなぁと思ってるねん。」と

そんな感じのことを話しました。

 

 

その質問をした子も

ほかのことを聞きたくて集まった子たちも真剣に聞いていました。

 

そんな話をしたあと

「気をつけていることっていうか

ぼくは、どんな子どもたちと出会うときも

その子のことを勝手にきめない

きめつけないってことは大事にしてるよ。

その子が自分のことをどう思っているのか

どんなふうに生きたいと思っているのか知りたいなぁと

思いながら出会ってるよ。」

と話を続けました。

 

 

その質問をした子は

きっと講演中も一生懸命ぼくたちの話を聞いていて

「理解してあげたい」「考えてあげたい」

という思いで質問しにきたんだろうなぁと思います。

 

同じ教室・学校の中に「じぶんの性を生きる」

という権利が守られている人と

守られていない人がいるということ

権利の不平等があるということに気づいてるかな。

そして、自分は今どこにいるのか

どう行動するのか

どうやって共に生きていくのかを

考えることはできているかな。

 

そしてそれは「性」のことだけではないということ。

例えば

「名前のこと」「ことばのこと」「ルーツのこと」

「生活のこと」「身体の特徴のこと」

 

じぶんにとっては何も考えずあたりまえに守られている権利、

その権利が守られていない

ともだちが誰かが

すぐそばにいるということに気づけているかな。

 

ぼくも中学生の時いろんなともだちがいたけれど

そこまで考えられていたかな?と

その子たちと話しながら振り返っていました。

 

 

このことは

どんなに小さな子どもたちにとっても大切で

あそびの中・生活の中で

具体的に子どもたちと

考える場面はたくさんあると思っています。

 

日々の生活の中の

いろんな場面で考えることが

大事だなぁと思っています。

 

 

それは、ボク自身にもいえることです。

 

 

 

2021年10月16日

 

 

子どもたちに会いに行く日が

続いています。

講座の最後、クラスに1冊

絵本「じぶんをいきるためのるーる。」と

1人1枚ポストカードをプレゼントします。

 

小学校1年生の子どもたちの感想を送ってきてくれた先生のお手紙に

こんなことが書かれていました。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

講座の次の日

「ポストカードおうちの人に見せた?」と

子どもたちに聞くと「うん!」うなずく子どもたち。

「なんて言ってた?」と聞くと

「かわいい絵やな〜」

「どこに飾る?って聞かれた」

「検索してた!」

「お母さんの知り合いの話してくれた」などなど

家でいろいろ話をした子が多くいたようでした。

また「きょうはじぶんのきたいふく、きてきた〜」

と教えてくれる子がいたり

「じぶんをいきるためのるーる。」を

かわるがわる読んだりしていました。

 

 

子どもたちが、それぞれのスキを大切に、

ともだちのスキを尊重して、じぶん、まる!と

安心して過ごせるような学校を教室をつくります。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

講座のあと

クラスでともだちや先生とどんな話をするのか

とっても大事やなぁと思っています。

 

子どもたちが

じぶんのキモチを誰かに伝えるきっかけに

また、身近な誰かのキモチを知るきっかけに

なったらいいなぁと思っています。

 

 

 

 

2021年9月9日

 

小学校3年生の講座の中の「ともだち紹介」で

『わたしは女の子です。男の子が好きです。』

という子が出てくると

Aが「それはあたりまえやな。」と言いました。

ボクは「あたりまえってどういうこと?」と聞きました。

「女の子は男の子が好きで

男の子が女の子を好きになるのはあたりまえや。」

と答えました。

 

するとBが

「でも、さっき出てきた子は『女の子で女の子が好きな子』

やったで。じゃあ、その子はどうなんの?」

と言いました。

 

ぼくが「どうなるんやろな?」と

クラスのみんなに問いかけ

みんなでいろんな意見を出し合いました。

 

いろんなやり取りをしたあと

「好きのカタチって色々あるんやなぁ。

女の子が好きな子もいれば、男の子のことが好きな子もいる

女の子男の子どっちも好きって子もいる。

好きってわからへんわぁって子もいるかもしれんしなぁ。」

というとひとりの子が

「わたしは好きがわからないねん。」

とみんなの前で教えてくれました。

 

そのあとのボクの話

ボクたちが知った「性の在り方」「性の多様性」

についての話をしていきます。

 

「身体のカタチ、性器のカタチでその人の性は決まらない。

その人が自分のことをどう思っているかがその人の大事なことなんやで。

女の子?男の子?どっちのキモチもする?

どっちかわからん?

このクラスにもいろんな子がいるやろなぁと思ってるよ。

ぼくと、コンちゃんにはみんなのこと勝手に

「女の子」「男の子」決められない。

先生にも、家族にも決められないんやで。

そして、隣に座っている友だちのことも勝手には決められない。

そのともだちが自分のことをどう思ってるかが

そのともだちの大事なことやで。」

 

講座が終わって

コンちゃんとボクのところに集まってきた子どもたちが

「楽しかった~」と

とてもうれしそうな顔で言いました。

 

「何が楽しかった?」と聞くと

「生まれてきたとき女の子って言われたら女の子って思ってたけど

そうじゃないってことが知れたことが楽しかった!」

と言いました。

 

「そっかぁ。今まで自分が知らなかったことを知るって楽しいんやなぁ。

でも、今日みんなが知ったこと、まだ知らん人いるかもよ。」

とボクが言うと

「ぼくらが教えてあげる!」

とその子たちは話していました。

今年度の講座の感想を少し紹介します。

 

 

***************************

 

かぞくがじぶんのことをきめるんじゃなくて

じぶんがじぶんのこときめるんだなって思った。

じぶんちゃんがいたらみんなが元気になれる気がしました。

【小2】

 

たのしかった。じぶんのことはじぶんできめていい!

【小2】

 

人をかってに男の子や女の子ってきめるんじゃなくて、

じぶんできめるってことがわかった。

女の子のかたちで生まれたからって

女の子ってきめつけたらだめだと思った。

【小2】

 

今日はいろいろ知りました。

体のカタチでは決められないことを知りました。

お母さんとお母さんの家族、

お父さんとお父さんの家族もいることがわかって

とてもうれしいです。

ほかにももっと知りたいです。

知ったことを、帰って家族にも教えてあげたいです。

【小3】

 

おちんちんがついてるから男の子って

決まってないことをはじめて知りました。

おちんちんがついてるから男の子って

決まってないことを知れてうれしいです。

【小3】

 

ふだん私はお母さんと学校のことや友達のことを話すけど

お母さんは友達のことをよく知らないので

私はその子の名前や性別を言ったりしています。

でも、今日の話を聞いて、

自分がそう見えるから「この子は男の子」ではなくて、

その子が自分のことをどう感じているかが大事だから、

その子のことを勝手に決めてはいけないなと思いました。

【小6】

 

私は最近まで「オレ」と自分のことを言っていました。

それが私にとっては言いやすい話やすいからです。

ですが母に「女の子なのにオレだなんてやめなさい」

と言われました。

この一言が私にはものすごく苦しい言葉でした。

「自分の話したい話し方で話したい。お母さんに決められたくない。」

と言いました。

だから、今日一歩さんが言った

「誰かに自分のことを決められたくない。」

と言ったのがよくわかりました。

「私は男の子?女の子?」考えました。

今思っているのは

「私は女の子です。おしゃれが好き。男の人が好き。」です。

【小6】

 

 

性については性器でその人の性は決まると思っていました。

それは違うということが理解できました。

自分も「男の子が好き」

だったりする時がありました。

男の子が好きは変じゃないと思います。

今日の話に共感しました。

また、強制的に坊主にさていると自分も思っているので

これからは自分の意見を言えるようにしたいです。

【小6】

 

 

 

2021年8月31

 

 

8月31日。

すでに学校が始まっているところもありますが

いろいろな事情で夏休みが延びたところもありますね。

 

夏休み期間中は大人の方たちへ

話をすることが多かったです。

教職員の方対象の研修もあります。

 

今のような状況の中でも「人権」について学び

考えることをやめないということはとても大事なことだと思っています。

 

ぼくたちがいろんなひとたちとの出会いの中で知っていった

「性の在り方」「性の多様性」について

また、子どもたちとの出会いから見えてきたことを通して

ぼくたち自身の中にある

「あたりまえ」「偏見」について考えさせられた話

先生たちと一緒に考えたいと思う内容をお話しています。

 

「研修が終わって職員室に帰ると

『じぶんについて』『子どもたちについて』職員間で話をする様子がありました」

と、研修担当の方がメールや電話で伝えてくれました。

 

忙しい毎日に追われ職員間で話をすることも

少なくなってしまっている状況があります。

 

研修が

『子どもたちのこと』『教育のこと』『じぶんのこと』について

話したい、聞いてみたいと思える

きっかけになったことはとてもうれしいです。

 

いろんな人権課題について話を聞いたり考えたりすることは

いっしょに働いている大人たちにとっても

今いるその場所が安心して「じぶん」でいることができる

そんな場所づくりにつながっていると思います。

 

研修のあと「早く子どもたちに会いたいです。」と

言ってきてくれる先生たちの顔を見ていると

とっても嬉しい気持ちになります。

 

ぼくたちの講座も明日からはじまります。

どんな子どもたちに出会えるかなぁ。

ぼくたちも楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

2021年8月6日

 

写真は5歳児の子どもたちの講座の様子です。

 

「じぶんちゃんづくり」が終わって、

それぞれのじぶんちゃんを見ながら

「これはだれのじぶんちゃんかなー?」

って話をしました。

 

ボクが「これは?」と尋ねると

誰も何も言わなかったので

「これは誰のじぶんちゃんかなぁ?」

ともう一度聞くと

「それはAちゃんのやで~」

とBちゃんが言いました。

 

「そっかぁ。Aちゃんのじぶんちゃんなんやなぁ。」

とボクが言うと

Bちゃんが「Aちゃん手あげてたで!」

と続けて言いました。

 

ボクが見えていなかっただけで

Aちゃんは一番前で手をあげていたのです。

 

「Aちゃんごめんなぁ。教えてくれてたんやなぁ。

Bちゃんも教えてくれてありがとうなぁ。」とボクが言うと

AちゃんとBちゃんは顔を見合わせてとてもうれしそうでした。

 

後日講座に参加されていた先生から感想が届きました。

 

子どもたちはお迎えに来たおうちの人に

じぶんの作った「じぶんちゃん」の前で

いろいろ話をしていたそうです。

どんな話したんかなぁ。

 

いまじぶんが思っているキモチ

どんなことがスキ

どんなことをしたい

こんなことしてほしいなどなど。

 

 

子どもたちが近くの人に

「じぶんのこと」

伝えるきっかけになればいいなぁと思います。

 

もちろん、それを聞いた大人も

「いま自分が思っていること」

子どもたちに伝えられたらいいなぁと思います。

 

夏休みに入って

幼稚園・こども園・学校の教職員対象に

話をする日が続いています。

 

この6年間の講座の中での

具体的な子どもたちとの

やり取りや変化などを話しています。

 

また、こんな問いかけもします。

 

1日の生活の中で「性に関わること」が

どれだけあると思いますか?

 

先生たちにも1日の生活を思いながら

考えてもらっています。

 

朝起きて家族からかけられる声

テレビの情報番組の内容

学校に行きながら友だちと話す前日のドラマの内容

掲示されているポスターの内容

学校で先生たちにかけられる言葉

授業の内容・行事の内容

 

まだまだたくさんあると思います。

 

「身体のカタチでその人の性が決まって

すべての人が異性をすきになる」

それが「あたりまえ」。

 

「性の在り方」「性の多様性」について

知らずに生活するということは、

1日のその生活の中で

自分の性自認・性的指向・性表現について

うそをついたり

誰かに合わせて笑ったりしながら

過ごすことになります。

 

 

ボク自身自分の部屋では「男の子」

部屋の外では「女の子」として

生きてきたこと。

「スイッチ」を切り替えて

生きてきたと思うという話をします。

 

また、ボクたちが出会った3歳の子の話もします。

自分のパンツに「リボン」をつけてって

お母さんに頼んでつけてもらったのに

ともだちに

「Aちゃん男の子やのにパンツにリボンつけてへんなの~」

と笑われたとき

Aちゃんは

「このリボンおかあさんがまちがってつけてん。」

と返しました。

 

安心できない場所「変なの!」と

言われる場所では、自分の好きなこと、大事にしたいこと

をないことにして生きることができてしまう

そんな子どもたちの話もします。

 

研修後の意見交換の中で

こんな感想を言ってくれた先生がいます。

 

「学校は子どもたちの「大事にしたいこと」を

奪ってきたんじゃないか?と思いました。」

 

「1日の中で多くの時間を過ごす学校では

性に関わることがたくさんあって

たくさんの子どもたちがしんどい思いをしてきたのでは

しているのではないかと思いました。

でも、それだけ学校には

「性に対してのあたりまえ」を変えることができる

チャンスもあるのではないかとも思いました。」

 

「一歩さんの「スイッチ」の話と

Aちゃんのパンツの話を聞いて

クラスの中にある「あたりまえ」の中で

いろんな場面でいろんな子どもたちが

「スイッチ」を使い分けて生きているんじゃないか。

自分たち教職員が子どもたちにかけている言葉やしていることの中で

子どもたちに「スイッチ」を切り替えさせていることも

あるんじゃないかと思いました。

また職員室でもいろんな笑いが起こると

合わせて笑っている自分がいます。

職員室の中でも「スイッチ」を使わないと

そこにいることができない環境があると思いました。」

 

 

教職員の人たちも

「じぶん」について

身近な誰かについて

子どもたちについて

一生懸命考えながら参加されているなぁと感じています。

 

ぼくたちが子どもたちと出会う中で感じていること。

 

「じぶんのスキをスキでいい。」

「じぶんの大事にしたいことを大事にしていい。」

というメッセージは、

自分を否定している、否定させられている子どもたちにとって

エンパワーにはなるけれど

大事にしたいことを大事にすることを

許さない社会(園・学校)があることも

事実だということです。

 

ぼくたちもその社会をつくっているひとりとして

自分はどうしたいのか

自分には何ができるのか

どう行動するのか

教職員の方たちと一緒に考えていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

2021年7月20日

 

小学生の講座で

「いろんなともだちのこと」「ぼく自身のこと」

「ぼくたちが知った性の在り方について」の話をした後

子どもたちにこんな質問をしました。

 

「身体のかたち(性器のかたち)でその人の性は決まらない

その人が自分のことをどう思っているかがその人の大事なことって話をさっきしたけれど

このことをはじめて知った人はいるかな?」

 

すると5、6人の子どもたちが手を挙げて教えてくれました。

 

「じゃあ、身体のかたち(性器のかたち)でその人の性は決まらない

その人が自分のことをどう思っているかがその人の大事なことって

知ってた!って人はいる?」と聞くと

たくさんの子どもたちが手を挙げました。

 

次に「知ってた!って人は、どうやって知ってたん?誰かに教えてもらったん?」と聞くと

いろんな答えが返ってきました。

 

「お母さんが助産師の仕事をしていて、教えてくれた。」

「お姉ちゃんたちがそんな話をしてたから知ってた!」

「2年生の時、図書の時間に先生が教えてくれたから知ってる~」

「図鑑と、ユーチューブで知った。」

「妹がそうやから知ってた。」

 

出前講座を始めた6年前には考えられないやり取りでした。

 

 ここ数年の間で

子どもたちの周りにいる大人が

「性の在り方」「性の多様性」について深く知る機会が増え

社会にもたくさんの情報が増え

その内容を子どもたちに伝える大人が増えたことが

このような子どもたちの反応につながっているのだと思っています。

 

 今年度が始まり、4歳~小学校6年生までの子ども向けの講座と同時に

中学生向けの講演に行くことも多いです。

 

そこで出会った多くの中学生は

「性の在り方についてもっと早く知りたかった。

今日は、知ることができて楽しかった。

もっと知りたい。もっと聞きたいと思いました。」

とぼくたちに話してくれます。

 

 今年度送られてきた6年生の子どもの感想です。

 

「話を聞いて、誰かを「この人は女。この人は男。」と

勝手に決めるのではなくて

その相手の人が「わたしは女。わたしは男。」

と思っていることがその人の性だということを知れました。

今日知れたことを、家に帰って家族にも伝えました。

家族のみんなも知れたと思います。」

 

 

 子どもも大人も

自分の知った情報をお互いに

伝えあうことができる関係でありたいなぁと

思っています。

 

そんな関係があれば

「自分の大切にしたいこと」を「安心」して

伝えることができると思うからです。

 

そのことが

大人も子どもも

「じぶんの性の在り方」「身近にいる人の性の在り方」を尊重しながら

生きる社会につながっていると

思っています。

 

 

 

2021年6月11日

 

 

中学生向けに話をすることが続いています。

講演の後の質問・感想タイムでも、いろんな質問が出て、

講演の中では話せなかったこと

また性の多様性について

深く話す機会になることも多いです。

 

すべてが終わった後

ぼくたちのまわりに集まって話をしに来る

子どもたちもいます。

 

「いっぽさんの恋愛対象は?」

という質問に対して

「なんでそれが聞きたいん?」

というやり取りをしました。

 

その話をきっかけに

自分たちの中にある

「異性愛があたりまえ」という「あたりまえ」で

物事を見たり、決めたりしていることに

気が付いていく子どもたちがいました。

 

「『じぶんがじぶんのことをどう思うか』【性自認】と

『だれを好きになる・好きにならない』【性的指向】は関係ないんやで」

という話にもなりました。

 

いつもどの年齢の子どもたちに出会っても思うこと。

子どもたちは「もっと知りたい」と思っているということ。

 

すべての子どもたちは

いろんな情報を得たうえで「じぶん」について考え

「じぶん」を生きる権利がある。

 

じぶんの「じぶん」を生きる権利と

隣にいる人の「じぶん」を生きる権利は

同じように尊重されるべきであるということ

子どもたちといっしょに考えていきたいです。

 

*写真は小学校2年生の感想です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年6月1日

 

小学校2年生の講座がありました。

はじめのともだち紹介の中で

いろんなともだちが順番にでてくると

子どもたちは口々に

「男の子!女の子!」

と言いました。

 

「なんでそう思う?」と聞くと

服装・髪型を理由に挙げる子どもたちがほとんどです。

そしてそのともだちが

自分が思ったことと違う内容を伝えてくれた場合

「えーーーっ!」と驚きます。

 

『ボクはお母さんとお母さんとぼくの3人家族です。』

というともだちが出てくると

 

A「お母さんとお母さんの家族?なんでお母さんふたり?お父さんは?」

B「お母さんとお母さんはおかしい。」

C「おかしくないと思う。」

D「お父さんとお父さんのかぞくもいるー」

B「そうなん??」

 

こんなやり取りになりました。

 

そのあと

 

『わたしは女の子です。女の子のことが好きです。』

『ボクは男の子です。男の子が好きです。』

 

いろんな好きのカタチが出てきて

子どもたちとたくさんのやり取りをしたあと

Bがみんなの前で言いました。

 

「男の人が男の人をすきでもいいし

女の人が女の人をすきでもいいけど

男の人と女の人がけっこんした方がいいと思う。」

 

 

ボクは

「そっかぁ。

ボクは、自分が結婚したいなぁと思う人と結婚出来たらいいなぁと思うよ。

ひとりがいいなぁって人もいるやろしなぁ。」

とみんなに言いました。

 

他のクラスでも同じようなやり取りがありました。

 

するとある子が

「やったぁ!おれ男の子と結婚したい!」と

すごく嬉しそうな顔で大きな声で言いました。

 

6年目になる講座の中で

「誰もが異性を好きになる」ということが「あたりまえ」で

それ以外のスキのカタチを否定・排除する子どもたちをたくさん見てきました。

 

「誰もが異性を好きになる」が

「あたりまえ」「ふつう」でそれ以外は「おかしい」

と教えられてきたからだということ

それを教えているのは、ボクたち大人であるということ

それを変えていけるのもボクたち大人であるということが

子どもたちとのやり取りや感想から見えてきました。

 

 

数年前の子どもたちの感想です。

 

****************************

 

わたしは、今日はなしをきいてはじめて知ったことがありました。

それは、女の子がおんなのことすんでいることは、なんでだろうと思いました。

そのはなしを聞いていると、どんどんわかってきました。

女の子がその女の子を好きだからいっしょにすんでいることがわかりました。

はじめは、ふしぎでした。

【小3】

 

 

私のいとこで「女の子で女の子が好き」という子がいます。

私はその話を聞いたとき「あなたは女の子だから、男の子が好きなんじゃないの?」

と言ってしまいました。

そのいとこの子は、その時ちょっと泣きそうになっていました。

そのあと、いとこに学校ではどうしているの?と聞くと

学校では言わないようにしていると言いました。

私や、ほかのいとこや、親にはこのことを言ったけど、

言ったら、私と同じようなことを言われたと教えてくれました。

親には「あなたは女の子でしょう。冗談はやめなさい。」

と言われたと言っていました。

私たちは、女の子は男の子を、男の子は女の子をすきになると決めたり、

服も、男の子は男の子らしい服、

女の子だから女の子らしい服を着ると決めたりもしている。

私はそれをやめたいと思いました。

【小5】

 

 

最初は自分も男が男を好き

女が女を好きになるなんて変

そう思っていたけど、

いっぽさんや、ボクのお母さんやおばあちゃんが

「変じゃないんやで」って教えてくれたから

変じゃないんだなと思えるようになりました。

【小6】

 

*****************************

 

小学2年生の子の「スキ」が

恋愛のスキなのかそうでないのかはボクにはわかりません。

 

ただ、誰が誰を好きになっても

例えば好きにならなくてもおかしくない

好きのカタチもいろいろ

家族のカタチもいろいろあるという事実を知ることは、

年齢に関係なくとても大事だということはわかっています。

 

そして「男の子と結婚したい~!」と

今じぶんが思っていることをあたりまえに表現できる環境があることは

とても大事なことだと思っています。

 

子どもたちが今いる場所がそんな環境であってほしいと思うし

そんな場所を一緒につくっていける大人でありたいと思っています。

 

 

 

 

2021年5月21日

 

 

2021年度がはじまって

2ヶ月が経とうとしています。

 

ここ1か月体調が悪くて動けなかったボクですが

みんな2はどんな毎日を過ごしていますか。

 

あの子たちはどうしてるかなぁ。

新しい環境で楽しいことあるかなぁ。

そんなことを考えながら過ごしていました。

 

「ホンマは女の子なんやろ?」と言われて

「男やで!」と伝えたあの子。

 

検尿の袋に性別欄があって

勝手に「男」にマルがされてて

傷ついたあの子。

 

そんなあの子達の話やキモチを聞いて

いっしょに考え悩んでいる保護者たち。

 

その場でがんばっているのはあの子たち。

そして、近くにいる保護者。

 

今、いろんなニュースが流れてくる中で

このニュース

あの子やあの保護者も見ているかな?

どんな気持ちで見ているかな?

傷ついてないかな。

ボクたちには何ができるかな?

と考えています。

 

子どもや保護者と

いっしょに悩んだり

いっしょに考えたりすること。

 

子どもに関わる大人たちとつながり

いっしょに考えること。

 

そして、にじいろi-Ru(アイル)の活動の中で見えてきた子どもたちの実態

聞こえてきた子どもたちの声を発信しつづけること。

 

子どもたちに「じぶん、まる!」を届けること。

 

今年度の出前講座は来週から始まります。

どんな子どもたちとの出会いがあるか楽しみです

 

 

 

2021年3月23日

 

 

4.5歳児の出前講座『じぶんちゃんづくり』では

子どもたちのスキがいっぱい詰まった

『じぶんちゃん』ができます。

 

それは『じぶんちゃんづくり』の前に『ともだち紹介』の中で

いろんなともだちに出会い

そのともだちのスキなこと

家族のカタチ、好きな人の話をきいて、

子ども達自身が「じぶん」のスキについていっぱい考え

「じぶんのスキを大事にしていいんやなぁ」ってことを

たくさん感じるようなそんな時間を過ごした後に

つくるからだと思っています。

 

もちろんつくる過程でも

「子どもたちのキモチ」「子どもたちのスキ」を

大事にしながら進めていきます。

 

そんな『じぶんちゃん』を

子どもたちはとても大切にしてくれています。

 

講座が終わった後

『じぶんちゃん』のおうちをつくったクラスや

じぶんちゃんを修了式まで大切にクラスの中で飾るクラスなど。

 

写真は、幼稚園が終了するときにひとり1冊つくる

「わたしのえほん」だそうです。

 

講座の中でつくった

『じぶんちゃん』が表紙になっています。

 

絵本の中には

その子の「すきなこと」「きらいなこと」

「うれしいこと」「いやなこと」などが

いろいろ詰まっているそうです。

 

 

講座のあとも、園や学校で子どもたちといっしょに

性の多様性から『じぶん』や『ともだち』について考える取り組みを

している話をきくことが少しづつ増えてきました。

 

子どもに関わるいろんな大人たちがつながり

子どもについていっしょに考えていくことは

「子どもの人権を大切にする社会」を

つくることにつながっていると思っています。

 

 

 

 

 

2021年3月18日

 

6年生の子どもたちの感想です。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

人の体の絵を見せてもらった時「女の人!男の人!」と思いました。

今日、話を聞いていろいろ考えました。

それでも、やっぱり身体のかたちで

「女の人・男の人」と思ってしまいます。

これからも、もっといろいろ知りたいし

考えていきたいと思いました。

【小6】

 

 

前までは

「この体のかたちでうまれてきたら男の子、この体で生まれてきたら女の子」

っていうのがあたりまえって思っていたけれど、

今日の話をきいてそれは違うんだと思いました。

どんな体のかたちで生まれても、

その人が自分のことをどう思っているかが大切なんだと思いました。

【小6】

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

いつもは1講座45分の講座ですが

今年は、申し込みをされた学校の希望で

1クラス45分×2で授業をする機会が何回かありました。

 

 

クラスに入って子どもたちの反応や様子を見て後半の流れは変わってきます。

 

なので、後半の時間、子どもたちとどんな話を一緒にするかは、

その日子どもたちと会ってから考えていくことにしました。

 

質問タイムにしたクラスもあれば、

ボクの話の中で出てくるいくつかの内容から

「じぶんにできることはなんやと思う?」

というテーマで話をしたクラスもありました。

 

ある6年生の講座後半

「いっぽさんは、今は男なんですか?」

と質問した子がいました。

 

「今は」ってどういうこと?とボクが聞くと

「だって小さい頃は女の子だったから

いつから男の子になったんかなぁ?と思ったから。」

と答えてくれました。

 

「じゃあ、みんなはどう思う?ボクは小さいころ女の子やったんかな?」

と聞くとある子が

「小さいころは、身体のカタチで勝手に女の子って決められてただけで

いっぽさんは男の子って思ってたから、小さいころも男の子やったと思います。」

と話してくれました。

 

質問した子に「どう思う?」と聞くと

まだちょっとわからないといった感じで首をかしげました。

 

別の学校の6年生からは

「どうやったら、男・女ってわかるんですか?」

という質問が出ました。

質問したその子に

「あなたはどう思う?」って聞くと

「身体のかたち?」と言いました。

 

「そうなん?じゃあ、ボクはこの身体のカタチ(イラストを見せて)で

うまれてきたから『女の子』なん?」と

ボクが聞くとその子はさらにこんな風に付け加えました。

 

「手術とかで身体のかたちを変えたら性別を変えることができると思う。」と。

 

「ほかのみんなはどう思う?」と聞くと

「髪型とか服装とかを変えたら変われる?」

と答えた子もいました。

 

そしてある子は

「その人がどう思うかが大事やから、身体は関係ないと思う。

だからいっぽさんは、小さいころから男の子やと思います。」

と答えてくれました。

 

ある5年生の講座では

講座の一番最後にボクの3歳の時の七五三の写真を持って

子どもたちに聞きました。

 

「この子のことをみんなは最初見たとき

「女の子や!」っていったけど、どうやった?」

 

多くの子が「男の子やった~」と言った中で

「女の子!」と言った子がいました。

するとその子の横に座ってたともだちが

「話聞いてなかったん?」と言いました。

ボクは

「話聞いてたなぁ。聞いてそう思ったんやなぁ。

あとで、ともだちともう一回話してみて。」

と言って講座は終わりました。

 

講座終了後

その子たちはそれぞれが話を聞いて思ったことを

伝えあっていました。

 

「身体のカタチ・性器のカタチで人の性は決まる」が「あたりまえ」で

十数年間過ごしてきた5・6年生の子どもたち。

 

講座で同じ話をきいても

今まで思っていた「あたりまえ」を

変えることができない子どもたちもいます。

 

講座で話をきく中で「そうなんや!ちがうかったんや。」と

自分の今までの「あたりまえ」を変えることができる子もいます。

 

質問タイムで出た質問に

ボクひとりが答えるのではなく

子どもたちといっしょに考えるこの時間は

とても大事だなぁと思っています。

 

「『先生あたりまえ変えるのむずかしいなぁ!』

『でもオレ変わりたいわ~』ってあの子たち話していました。」と

講座のあとクラスで子どもたちと話をした担任の先生が教えてくれました。

 

*写真は数年前の6年生の講座の様子です。

今年度は、子ども同士の間隔をあけてということで、

教室いっぱいいっぱいに広がった状態で講座を行う学校がほとんどでした。

写真を撮ることもあまりできませんでした。

また、絵本を読むときもうしろの方に座っている

子どもたちにはきっと見えにくかったと思います。

ごめんね。

講座が終わると

プレゼントした絵本を見るために

前に集まる子どもたちの姿がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 2020年3月15日

 

『出前講座「じぶんをいきるためのるーる。」を子どもたちに届けよう!2020』

今日が最終講座でした。

 

今年度はスタートどうなるかと思いましたが

約150講座行うことができました。

 

講座開始1年目から毎年申し込んでくれている学校もあれば

今年度はじめましての学校もたくさんありました。

 

また、年々低学年の申し込みが増えていて

とても嬉しく思っています。

写真の感想は1年生の感想です。

 

「小さな子たちには難しい。」

そんな意見を聞いたりすることもあります。

 

でも、講座を受けた子どもたちは

「楽しかった。もっと知りたいです。明日も来てください。

もっとお話してください。また会いたいです。」

と伝えてくれます。

 

子どもたちと出会いやり取りする中で

講座の内容・使う言葉は変わっていきます。

きっとこれからも変わり続けると思います。

子どもたちと何を考えていくのか

どんなことを一緒に考えていくのか

ボクたちもいっぱい考えながら講座を組み立て

子どもたちと一緒につくっていっています。

 

この講座は子どもたちのためにはじめたものです。

ただ、学校には子どもだけでなく多くの大人たちもいます。

そして、その人たちにもセクシュアリティはあります。

大人の感想の中で、自分のセクシュアリティについて

身近な人のセクシュアリティについて書いてくれる方

また、直接伝えてくれる方もいます。

 

子ども向けの講座なので

子どもたちのために申し込んでくれる先生がほとんどです。

でも、あなたの職場にも、あなたのすぐ近くにも

いろんなセクシュアリティのひとがいます。

 

園や学校が、そこにいるすべてのひとたちにとって

「安心・安全」な場所であってほしい

そしてこの講座が

「じぶんのセクシュアリティ」

「じぶんとセクシュアリティ」

について考えるきっかけになってほしいと思っています。

 

ボク自身も

子どもたちとの講座を通して

毎回「じぶん」について考えています。

きっとこれはボクにとって

とても大切なことでずっとずっと続いていくと思っています。

 

 

 

1年間本当にありがとうございました。

 

 

 

2021年3月11日

 

 

4歳5歳の子どもたちの出前講座では

【じぶんちゃん作り】をします。

 

ボクたちの大人向けの講演を聞いてくれた子ども園の先生から

「クラスの子どもたちと【じぶんちゃん作り】をしたいと思います。

コンちゃんと一歩さんが【じぶんちゃん作り】を

子どもたちとする時に大切にしていることなど教えてほしいです」

というメールをもらいました。

 

ボクたちは、こんな風に伝えました。

 

*子ども達自身が自分で「素材・色」など選ぶ

*子どもたちの「スキ」を大切にする

*子どもたちが手伝ってほしいことだけ一緒にする

*大人の意識・感覚で一方的な声掛けをしない「かっこいいね」「かわいいね」など

あとは子どもたちがどんな風に作り出すか

子ども同士どんなやり取りをするのか

臨機応変に子どもたちの姿を見て

子どもたちのキモチを大事にしながら進めていきます。

 

子どもたちの「スキ」がいっぱい詰まった

「じぶんちゃん」ができたらいいですね。

 

そして、後日クラスで

【じぶんちゃん作り】を

子どもたちとした様子を伝えてくれました。

 

そこにはこんなことが書かれていました。

 

「子どもたちどうしがお互いのじぶんちゃんについて、

自然と話し合う姿が見られました。

子どもたちみんなが、

自分の好きをそのまま表現し、

それを互いにそれいいね!と認め合える仲間になってほしい。大人たちも。」

 

じぶんちゃんが展示してある写真の中に書いてある文章には

 

「『じぶんをいきるためのるーる。』という絵本を読み、

子どもたちに自分のすきを大切にしてほしいというメッセージを込めて、

人型に切ったダンボールにそれぞれが自由に【じぶんちゃん】をつくりました。

素材や色など子どもたちが自分で選びながら作っていきました。

自分の着たい服を着て、自分のしたい髪型にして…

じぶんのすきがたくさんつまった【じぶんちゃん】が完成しました。」

 

と書かれています。

 

すべての子どもたちが

じぶんのスキを大切にできたらいいなぁと思っています。

そのことをいっしょに大事にできる

大人のつながりをつくっていきたいです。

 

 

 

 

2021年3月6日

 

 

3年生の講座では子どもたちとたくさんやり取りしました。

 

最初のともだち紹介で

『お母さんとお母さんとぼくの3人家族』

のともだちや

『「ぼく」が1人称の女の子』など

いろんなともだちが出てくるたびに

子どもたちは「えーーー!」「どういうこと??」と

大きな声で反応していました。

 

「「ぼく」って話す女の子もいる!」

と言っている子どもたちの声も聞こえてきます。

 

『お母さんとお母さんとぼくの3人家族』って

「お母さんがふたり?どういうこと??」

と聞いた子がいたので

 

「この子のお母さんに好きな女の人ができて

今は、この子と、この子のお母さんと

お母さんの大好きなその女の人と3人で生活してるよ。

だから、この子にはお母さんがふたりいるねん。

いろんな家族のカタチがあるよー。」

ってことを伝えました。

 

3人目のともだちは

『女の子です。女の子のことが好きです。』

というともだち。

 

すると「あー親友ね。」

といった子がいたので

「親友としてのスキじゃなくて、恋愛のスキを教えてくれてるよ。」

というと

「恋人?」とつぶやいた子がいました。

「そうそう。自分のことを女の子って思ってて

女性の恋人がいる人もいるし

女性ふたりで家族として生活しているともだちもいるよ。」

と伝えると

「そうなん?!はじめて知った!」

と言っている子どもたちもいました。

 

4人目に

『わたしは女の子です。男の子が好きです。』

というともだちが出てくると

「そりゃそうやろ!」「ふつうやな。」

という声が聞こえてきました。

「この子のなにがふつうやと思った?」と聞くと

「女の子が男の子を

男の子が女の子を好きになるのがふつうやから

この子はふつうや。」

と答えてくれました。

 

すると

『お母さんとお母さんとぼくの3人家族』

の場面で頭を抱えながら一生懸命考えていた子が

「でも、女の人で女の人好きな人もさっき出てきた。。。」

と言いました。

 

「そうやなぁ。いろんな好きのカタチがあるよってさっき話したなぁ。

「ふつう」ってなんやろうな?

「ふつう」って誰がきめるんかな?

ってボクが言うと

ひとりの子が手を上げました。

「世界では、男の人が男の人と結婚できたり

女の人と女の人が結婚できるから

それがふつうかもしれないけど

日本ではそれはふつうじゃない。」

と言いました。

 

「日本でも、今、自分が家族になりたい人と家族になる自由を!

っていう話を大人の人たちもしてるよ。

好きのカタチがいろいろあって

自分が誰とどんな風に生きていきたいかは

誰かに決められるものじゃないやんなぁ。

そして、さっき世界では・・・って言ったけど

みんながいる世界

例えばこの3年1組っていう世界は

ここにいるみんなのものやんかぁ。

だからこの3年1組っていう世界をつくるのはみんななんやで。

3年1組の中にも

きっといろんな好きのカタチの子がいるし

いろんな家族のカタチの子がいると思うねん。

「それってふつうじゃない!へんやなぁ」

って否定するクラスにするのか

「そうなんやなぁ。わたしは違うなぁ。。。」

ってそのことを大事にできるクラスにするかは

みんなひとりひとりなんやで。」

 

そんな話をしました。

 

子どもたちの目は真剣でした。

 

 

そして、2時間目、

隣のクラスの子どもたちとも同じような話をしました。

 

すると子どもたちの中から

「日本では女の人と男の人が結婚できるっていうルールになってる。」

という意見が出ました。

 

「そのルールって誰がつくるんかなぁ?

そのルール、イヤやなぁ、そのルールやったらしんどいなぁ。

ってひとがいたら変えていったらいいんちゃう?」

とボクが言うと

「ルールは総理大臣がきめるもんや!」

と言った子がいたので

「総理大臣がきめたら、みんなはそれに従うん?」

と聞くと

子どもたちは黙って考えていました。

「じゃあ、このクラスのルールは誰が決める?」

とボクが聞くと

「校長先生!」「担任の先生!」

と次々と教えてくれました。

 

「そうなんや。でも、このクラスは

校長先生のものでも、担任の先生のものでもなく

このクラスの子どもたちみんなのものやろ?

みんながどんなクラスにしたいか考えて

ルールって作っていけるんちゃうかなぁってボクは思うよ。

自分の大事にしたいことと

ともだちの大事にしたいことは同じこともあるけれど

違うこともあるやんかぁ。

どっちも大事にできるクラスにするために

どんなルールがあったらいいかなぁ

とか考えてみるのもいいんちゃうあかなぁ。」

 

そんな話をしました。

 

子どもたちの目はキラキラしていました。

 

講座前半の「ともだち紹介」

でこんなやり取りをしたあと

ボク自身が小学生の時思っていた

「みんなが思う「ふつう」には

当てはまらない自分のことをおかしいと思っていたこと。

そして、ボクもともだちを

じぶんのあたりまえに当てはめようとしていたことなど

具体的な事柄を話していきます。

 

いろんなともだちに出会い

「人の性は性器のかたちでは決まらない。

じぶんがじぶんのことをどう思うかが大事な自分の性である」

ということを知ったこと

そして今のボクは“じぶんのキモチを大事に生きている”という内容を話します。

 

そして子どもたちに問いかけます。

 

「心の中で考えてみて。

あなたはじぶんのこと、どう思ってるかな?

女の子?男の子?女の子・男の子どっちも思う?

わからへんなぁって思ってる子もいるかな?」

子どもたちはじーっと黙ったまま

一生懸命自分のことを考えてる顔になっています。

「今、みんなが心の中で思っていること

それが、今のあなたの大事なことなんやで。

ぼくやコンちゃんにはみんなのことを勝手には決められない。

そして、先生にも決められない。

家族にも決められない。

あなたのことを勝手に誰かが決めることはできないねんで。

そして、隣にいるともだちのことも勝手には決められないね。

ともだちがじぶんのことどう思ってるか

それが、ともだちの大事なことやからね。」

 

隣のともだちと顔を見合わせながら

ボクの話をきいていました。

 

最後にコンちゃんが絵本

「じぶんをいきるためのるーる。」を読みました。

 

子どもたちは1ページ1ページうなづきながら見て、聞いていました。

 

授業が終わると

ボクたちのまわりに集まってきて

「じぶん」の話「家族」の話

色々伝えてくれました。

「じぶんのこと、じぶんたちのクラスのこと

学校のこと、誰かに決められるのではなく

じぶんできめる・じぶんたちで決めることができるよ。

そのために、大人であるボクたちができることはいっしょに考えるよ」

ってことを伝えることができたらいいなぁと思っています。

 

子どもたちにとって

セクシュアリティについて考えること

性の多様性を知ることは

どんな自分を生きたいか

誰とどんな風に何を大切に生きていきたいか

ということに深く関わっているということ

この5年間

いろんな子どもたちとやり取りしてきて実感しています。

 

 

 

2021年2月24日

 

 

ある6年生のクラスでの講座でのことです。

ともだち紹介の中で

「お母さんとお母さんの3人家族」のともだちが

出てきたときのやり取りの中で

ボクが「お母さんに好きな女性がいて。。。」

と話した時に大笑いした子どもたちがいました。

 

ぼくが「おもしろい?」と聞くと

「おもしろい。」と答えながらまだ笑っていました。

 

ボクが「何がおもしろい?」と聞くと

その子たちは「え?」とボクの質問に不思議そうな顔をするので

「ボクも笑うことあるで。

でも、今の笑いは何の笑いなんかなぁと思って。

ボクは今の話、何もおもしろいなぁと思わへんから。

笑うには理由があるやんかぁ。」と言うと

笑っていたその子たちは

何かバツが悪そうな顔をし

この人真剣になんか言うてるって感じで

ボクの顔をじーっと見る姿がありました。

 

 

ボクは

「今から何人かのともだちが出てくるからそのともだちにも会ってみて。」

と言いました。

 

そして「わたしは女の子です、男の子が好きです。」

というともだちが出てくると

最初に笑った子の中のひとりが

「ふつうや!」と言いました。

 

「何がふつうやと思う?」と聞くと

「女の子が男の子、男の子が女の子をスキになるはふつうやろ!」

と答えました。

「さっき、女の子で女の子が好きですって子も出てきたやんかぁ。」

とボクが言うと

その子は「異常や!」と大きな声で言いました。

「異常ってどういうこと?」ときくと

「おかしいってこと。」と。

 

 

「ふつう」ってなんやろなぁ?

「ふつう」って誰がきめるんやろな?

という問いかけをして

そのあと数人のともだちに出会ってもらい

ボクにも出会ってもらいました。

 

 ボクの話の中では

ボク自身が

「性器のかたちでその人の性は決まって

異性を好きになるのがあたりまえ」

と自分も思っていたし

みんなも同じように思ってるんやろうなぁと思ってたってこと

そしてその「あたりまえ」にあてはまらないボクは

「ふつうじゃない」「おかしい」と思っていたこと

周りからもそう思われると思っていたこと。

そしてボクも周りのともだちのことを自分の

「あたりまえ」を基準に

否定していたかもしれないという話をします。

 

そしてそのクラスではこんな話もしました。

 

「ぼくもみんなと同じ6年生の時

「お母さんさんとお母さんの家族のともだちに会ったことがないねん。

でもな、この間ちがう小学校の6年生の子で

授業が終わった後ぼくたちのところに来て

『わたしな、あの友達といっしょやねん。

お母さんの好きな女の人といっしょに暮らしてるねん。』て

話に来てくれた子がいたよ。

その子はこんなことも言っててん。

『前のクラスのともだちに言ったら笑われたことがあるねん。

だから、このクラスではこの子にだけ話してる。

ほかの子には話したくないねん。』って。

その子は、その時に一緒に言いに来たその友達には自分の家族のこと言うてるねん。

みんなは、どれくらいいろんな家族のともだちに出会えてるかな?

出会えてたらいいね。

出会えてないとしたらなんでなんやろ?

ボクはその子の話をきいて

ボクが6年生の時のあの教室にも

おかあさんとお母さんの家族のともだちいたかもしれんなぁって思ってん。」

 

「こんな高校生にも会ったよ。

『わたしはお母さんと妹と3人家族なんです。

小学生の時

休み明けに友達とみんなで休みの日に家族でどっか行った?って話になって、

わたしが「遊園地行ってきたー」って話したら

ともだちに「いいなぁ!お父さんとお母さんといっしょに?」って聞かれて

「うん!」って言ってしまって。

そこから高校生の今まで私はみんなにずっと嘘をついてる。

お父さんいないのにお父さんいてることにしてるんです』って。

 

ボクはその子に

「それってあなたが悪いんじゃないと思うよ。

だって家族と言えばお父さんとお母さんがあたりまえって

思っている周りが変わらなあかんことやから。

いろんな家族のカタチ

生活があるってことみんなが知れたらいいなぁ。」

って、そんな話をしたよ。

このクラスにもきっといろんな家族のかたちがあって

いろんな生活の子がいると思ってるよ。」

 

前半のともだち紹介の時

笑ったり「異常」と言ったあの子たちの表情は

どんどん真剣になっていくのが伝わってきました。

 

きっといろんなことを考えてるんやろなぁって顔になっていました。

 

自分が真剣になっていることに気が付いたその子たちは

「真剣になんかなってへんで!」といった感じで

冗談を言ってみたり、周りをきょろきょろ見たり。

それでも、やっぱり聞きたくて

前のめりになっている子どもたちの姿がそこにありました。

 

「大丈夫やで。いろんな自分がいていいねんで。」

と心の中で思っているボクがいました。

 

そのあと、絵本「じぶんをいきるためのるーる。」を読むとき

最初に笑った3人の子どもたちは一番前に来て

絵本を食い入るように見ていました。

 

「異常」「おかしい」といった言葉が出てきたときドキッとします。

そして、その子は言葉としてその場で発言したけれど

発言をしなかった子どもたちの中でも

同じように思っている子もいたんだろうなぁと思います。

 

この講座で出てくる言葉や意識は

いつもの学校生活の中で出ている言葉で

子どもたちが日常的に持っている意識だと思うのです。

そんな意識や言葉の中で

「きずつくなぁ。」「いややなぁ」

と思いながら生活している子どもたちがきっといます。

 

だから、子どもたちといっしょに考えたいと思っています。

 

自分の中にある意識や偏見に気付いたとき

子どもだって大人だっていろんな感情が生まれてきます。

 

自分の意識や偏見と向き合い

自分はどうしたいのか

どうなりたいのか

誰とどんな風にいきていくのか

子どもたちといっしょに

ぐるぐるぐるぐるずーっと考え続けること

これからも大事にしていきたいなぁと思います。

 

 

 

2021年2月13日

 

 

6年生の講座の最後にひとりの子が

「いっぽさんはとても楽しそうに見えました!」

とクラスのみんなの前で言いました。

 

「そっかぁ。そんな風に見えたんやなぁ。

でもな、ぼくめっちゃ緊張してるんやで。」

と子どもたちに伝えました。

 

「ホンマはな、自分の身体のこと話したいとは思ってないねん。

だって、イヤやもん。

でも、なんでボクがみんなにじぶんのこと話すかって言ったらな

ボクはみんなと同じ小学生の時に知りたかったから。

誰かに教えてほしかったから。子どもたちには知る権利があるんやで。

そして、ぼくが楽しそうに見えたとしたら

それは、みんなが真剣にぼくの話をきいてくれて

一生懸命考えてるのが伝わってくるからやで。」

 

子ども向けの講座は楽しいけど緊張する。

 

特に子どもたちの持たされてきた偏見が意見として出たり、笑いが起こったとき

「今、ぼく、顔ひきつってるんちゃうかなぁ。」

「この笑いしんどい子いるやろな。

どうする?ここから子どもたちとどんな話する?」

頭の中はそんなことでぐるぐる回っています。

 

どんな自分でも、

子どもたちの前で正直な自分でいようと思う自分と

顔がひきつったり、しんどそうな自分を見せたら

子どもたちはどんな風に思うやろ?

そんなことを考えてる自分もいます。

 

はじめましてで、たった45分で、

子どもたちのキモチが全部わかるはずがない。

 

そんなことあたりまえ。

 

何かが大きく変わるはずもない、はずがない。

 

いろんなことがある中で

いつも自分に言い聞かせていることがあります。

 

大人は子どもに対して「権力」を持っているということ。

 

そのことを自覚したうえで

じぶんに正直に

子どもたちといっしょに過ごす45分どんな時間にしていくのか

これからもずっと考え続けようと思います。

 

 

 

 

2021年2月2日

 

「いっぽさんはなんでじぶんのこと男って思ったん?」

 

最近、子どもたちからよくある質問。

この間も小学校2年生の子どもたちから

同じ質問が出てやり取りをしました。

 

ボク「みんなはどうやろ?なんで「男の子」って思ってる?

なんで「女の子」って思ってる?」

 

A「おちんちんがあるからおとこのこ!」

 

ボク「じぶんのからだ見て、おちんちんあるわぁ。

男の子やー!って思ったん?」

 

A「???」

 

B「あんなぁ、おちんちんあるのは男の子やで!

って教えてくれたから。」

 

ボク「だれが教えてくれたん?」

 

B「おかあさんが教えてくれたで。」

 

ボク「そうなんやぁ。お母さんが教えてくれたんやなぁ。」

 

休日にボクのともだち家族が遊びに来ました。

そのともだちの子どもCちゃんは小学校1年生です。

ともだちがこんな話をしてくれました。

 

「先週お風呂に入ってる時Cが

『なぁとおちゃん、チン(ペニス)もキン(睾丸)もない男の人なんかおらんなぁ?!』

って聞いてきてん。

そのとき、いろんな男の人がおるでって答えてん。

いろんな身体のカタチの男の人がいるんやでーって話をしてん。」

 

このともだちは今から15年以上前

ボクが自分について

そしてボクとパートナーが自分たちのことについて

はじめてカミングアウトしたともだちです。

 

あの日から、このともだちとは

性の在り方(セクシュアリティ)

性の多様性について、自分とセクシュアリティについて

自分のセクシュアリティについ、

自分の中にある「あたりまえ」について

自分の中にある性に対しての意識・偏見について

たくさんたくさん話しをしてきました。

 

大人がセクシュアリティについて

性の多様性について深く知れば

日常会話の中で子どもたちと十分話ができるのです。

 

子どもたちは「知りたい」と思っています。

子どもたちには「知る権利」があります。

 

今日は小学校1年生の

子どもたちの感想を少し紹介します。

 

「さいしょは、からだで男の子、女の子がきまるとおもってたけど、

はなしをきいてからだではきめられないんだなとおもいました。」

【小1】

 

「おとながるーるをきめない。おとなが男、女をきめない。」

【小1】

 

「わたしは、女の子のようなからだで生まれてくる男の子もいるんだなと思いました。

けど、その人が男の子と思えば男の子、女の子と思えば女の子なんだと思いました。

じぶんのすきにすることは、じぶんかってと思ってたけど、

はじめてじぶんのすきにすることはじぶんかってではないんだなと思いました。」

【小1】

 

「いっぽさんが女の子にされていたなんて思わなかった。

じぶんが男の子にされたらいやだとかんじました。

また、いっぽさんとこんちゃんとおべんきょうしたいです。

もし、ともだちがそういうふうになってたらわるぐちをいわず、やさしくしたいです。」

【小1】

 

「いっぽさんは女の子のからだでうまれてきて、

おとうさんとおかあさんに女の子としてそだてられたんだね。

男の子なのに、ずっとおとなになるまでだれにもいわないで、ふあんだったね。

こんちゃんにはじめて男っていったんだね。

でも、こんちゃんはわらわなかったんだね。

こんちゃんはやさしいね。

わらわれるの、わたしもきらいです。」

【小1】

 

 

2021年1月23日

 

子どもたちに会いに行く日が毎日のように続いています。

 

 ある保育所では2016年はじめての出前講座の時に

5歳児のクラスで

「ボクは男の子です。男の子が好きです。」という

ともだちが登場した時

こどもたちの中から「きっしょー」といった

言葉が出てきました。

 

このことをきっかけに

「まず、じぶんたち保育士の中にある意識を変えていかないといけない。

性の多様性について深く知ったうえで保育をしていきたい。」と

講座に参加していた職員の方が話してくれました。

 

そこから職員の研修をし

毎年5歳児の子どもたちの講座を申し込んでくれています。

 

子どもたちの中から出てくる

いろんなつぶやきを一緒に聞いて考えてくれています。

 

 今年度もいくつかの園・所に行って

5歳児の子どもたちとたくさんやり取りをしてきました。

「ともだち紹介」で出会うともだちを

見た目で「女の子」「男の子」という子どもたち。

 

理由を聞くと服装や服の色・髪型などが

「女の子っぽい」とか「男の子のものを着てる」

と教えてくれます。

 

ある保育所で

「じゃあみんなはじぶんのことどう思ってる?女の子?男の子?わからない?」

と聞くと口々に

「女の子!」「男の子!」

と言います。

「じゃあ、なんで「男の子」?なんで「女の子」?」

と聞くと

「あんなぁ、ボクはこのくろいふくきてるからおとこのこ!」

「わたしはかみのけがながいからおんなのこ!」

と教えてくれました。

 

以前、小学2年生の子どもたちとやり取りした時と

全く同じ答えでした。

 

「じゃあ、その黒い服じゃなくて違う色の服を着たらあなたは女の子?」

「じゃあ、その長い髪の毛を短く切ったらあなたは男の子?」

と聞くと

さっきまではりきって答えていた子どもたちは

「???」

黙ってじーっと考えていました。

 

 ある1年生のクラスでも講座の後

「オレはな、力が強いから男やで!暴力もふるえるし~」

と嬉しそうに教えてくれた子がいました。

 

その子に

「そうなんやぁ。力強いんやなぁ。

じゃあ、その力がふにゃふにゃ~ってなくなってしまったらあなたは女の子なん?」

と聞くと少し考えて

「いや、男の子やで!」と。

「じゃあなんで男の子なん?」

ともう一度聞くと

「男って思ってるから男や!!」

と教えてくれました。

 

生まれてきたときの性と

違う性を生きよう・生きたいと思っている

子どもたちだけではなく

すべての子どもたちが

じぶんの「性自認」について

丁寧に深く考える機会は

幼いころから必要なことだと思います。

 

「じぶん」について深く考えることは

その子自身が「じぶん」を大事に生きることに

つながっていると思うし

となりのともだちの思っている

「じぶん」のことも

考えるきっかけになると思うからです。

 

「ともだち紹介」の中でいろんなともだちと出会い

「じぶん」について考えた子どもたちがつくる

「じぶんちゃん」は本当にステキなものばかりです。

 

「じぶんちゃん」づくりが始まって

各テーブルを回ると

子どもたちはたくさん自分のことを教えてくれます。

 

ある子はハングル語で書いた自分の名前を教えてくれて

「ボクのなまえ〇〇やで。かんこくじんやねん。」

と教えてくれました。

 

それを聞いていた同じテーブルの子が

「おれもかんこくじん!おれのなまえは〇〇!!」

と教えてくれました。

 

「じぶん」のこと知ってほしい!

そんな風に思っている子どもたちのキモチを

いっぱい感じる時間です。

 

「じぶん」の大事にしたいこと

ともだちの大事にしたいこと

それは同じこともあれば違うこともあるね。

その違いを「おかしい」って

否定するんじゃなく尊重しあえる社会を

この子どもたちといっしょに

そしてこの子どもたちと関わる大人の人たちと

いっしょにつくっていきたいです。

 

 

2021年1月12日

 

2021年がはじまりましたね。

どんな1年になるかなぁ。

 

子どもたちの講座は今週から始まります。

写真は、昨年の5歳児の子どもたちの講座の様子です。

 

今日は出前講座を参観してくれていた

職員の方たちの感想を少し紹介します。

 

*最初は「この子は男の子!」「女の子に決まってる!」と

言い切っていた子どもたちが話をすすめていくにつれて

「男の子…かな?」「でも、女の子かもしれない…。」と

考え方を変化させていく過程が興味深かったです。

 

*よく話をしてくれる子の好きなものや好きな人のことはわかりますが

なかなか話すことが少ない子

恥ずかしくて自分の気持ちを言えない子の

好きなことや大事にしていることって何だろう?と

ふと思いました。

もっと、子どもたちひとりひとりのことを

たくさん知っていきたいと思いました。

 

*話をしながら、子どもたちの感じ方が変わっていくのがよく分かった。

“じぶんちゃん”がどれ一つ同じものがなくて

個性として表されているのがステキだなと感じた。

飾る場所を子どもが選ぶというのは

今までやったことがなかったので、新しい発見だった。

自分で決めた場所なので、誰かにたずねなくても、

「自分はここにある」と自信を持って言えるのが良いなと思った。

*子どもの「男の子」「女の子」の概念が

変わっていく姿や「みんな自分の好きな髪型してる?」

と言う問いかけに

今まで何も疑問を感じずにいた子が「?」

と考える姿など

日々の中で「あたりまえ」と思っていることは

実はそうではないことが色々あることに

子どもだけでなく自分の気づきにもなりました。

にじいろアイルのお二人と子どもたちとの関わりを見て

日々の中で、子どもの声にちゃんと答えられているのか

聞き流していないかと

もっと子どもの声に耳を傾けないといけないと感じました。

 

*講座の後いっぽさんと輪になってクイズをするとき

一度しか見ていないあの絵本に出てきたるーるを

子どもたちが次々にこたえていて

それだけあの絵本にでてくる言葉は

子どもたちにスーッと入っていくんだなぁと感じました。

また、お二人が帰った後も子どもたちは

絵本を手に取って何度も読んでいました。

そしてともだちとじぶんの

「じぶんをいきるためのるーる。」

を言い合っていました。

ひとりひとり思ったことを表現しあい

その場で聞いてもらえる心地よさを感じているようでした。

なんだか柔らかな表情になっている子がたくさんいました。

 

 

2020年12月7日

 

12月になりましたね。

毎日のように子どもたちの講座が続いています。

 

講座の前に子どもたちに伝えます。

 

「今からぼくたちの大事なともだち

そしてボクとコンちゃんに出会ってもらいます。

その話を聞きながら、みんなには『じぶん』について

そして自分の近くの人について考えてほしいなぁと思ってるよ。」

講座が終わって帰ってくると

子どもたちからの感想が届いています。

 

少し紹介したいと思います。

 

私は、母と父がりこんしました。3年生の時でした。

父と母はいつもケンカをしていてりこんしました。

わたしと母と弟はひっこしをして

ずっと家にいて、母のかれしがきて海に行きました。

それは夏でした。

夕方にあそんでいるとき

父がきてくれてうれしかったです。

父はわたしに自転車をくれました。

今日は話が聞けてうれしかったです。

【小4】

 

最初に出てきた男の子の家ぞくのことで思うことがありました。

ぼくはパパとお母さんがりこんして

今はお母さんとお姉ちゃんと

お母さんの好きになった人とくらしています。

パパは別の人とけっこんしていて子どもがいます。

その子のなまえは〇〇といいます。

とてもかわいいです。

〇〇のお母さん、パパとけっこんしている人を

何とよべばいいのかわかりません。

今いっしょに住んでいるお父さん??のことも

何とよべばいいかわかりません。

パパのことをお父さんと思っているので

ともだちにも何て言えばいいかわかりません。

みんなは「お父さんに買ってもらったー」とか

言ってるのがうらやましいなぁと思います。

パパとは、としこしか、とまるときしか会えません。

お母さんの前でパパの話をするのがとてもこわいです。

なぜかというと

いっしょに住んでる人(今、お母さんが好きな人)が

気づくかもしれないからです。

だからあんまりパパの話をしません。

正直に言うと

パパとお母さんとお姉ちゃんと

いっしょに住みたいなぁと思っています。

ボクがようちえんの時はパパはいたけど

だんだんなかがわるくなってりこんしました。

お姉ちゃんもパパとお母さんで住みたいと言っていました。

お姉ちゃんとケンカした時

「こせきじょうはいっしょに住んでる人がお父さんなんやで。」

と言われてショックをうけました。

なぜかというと、パパがお父さんと思っていたからです。

かなしかったです。

そのときはなきました。

かなしかったです。

【小4】

 

今日話を聞いて

自分のことは自分で決めていいと

言ってくれたのでうれししかったです。

これからは自分できめようと思いました。

わたしが2才の時に父と母がりこんをして

いまは3才の時からいたしせつでくらしています。

母は、私が4才の時に生まれた弟といっしょにくらしています。

わたしはあなたたちにであえてうれしかったです。

【小5】

 

ぼくはコンちゃんのともだちの中の

一人に少しあてはまりました。

ぼくは、お母さんとおじいちゃんとおばあちゃんとくらしています。

お母さんとお父さんがりこんしたからです。

ぼくはお父さんに会いたいです。

けどお父さんがどこにいるかわからないのでガマンしています。

コンちゃんのともだちのことを聞いて

身近に自分とにている人がいるんだなぁと思いました。

【小5】

 

 

45分の講座の中で子どもたちはいろんなことを感じ考えています。

そして、いろんな表現でそのことを伝えてくれます。

今回紹介した感想は親の離婚について書かれている感想でした。

 

「離婚」は悪いことではない。

ただ、感想を読んでいて

子どもたちは生活が変わる中で

いろんなキモチでいるということ

そして

そのキモチを誰かに聞いてほしいと

思っているんやなぁということを感じます。

 

ある1年生の講座では「家族」「生活」の話になると

その場で泣き出した子がいました。

 

ボクが「どうしたん?」と聞いても

その場では首を横に振って何も言いませんでした。

 

でも、横に座っている担任の先生が

話を聞いてくれていました。

 

終わってからその子のところに行って

「大丈夫?」と聞くと

「うん。Aちゃんに聞いてもらったから!」

と言いました。

 

講座の後

その子はボクたちが休憩しているところに来てくれて

ともだちと何をして遊んでたとか

そんな話をとても楽しそうにしてくれました。

 

ボクたちは泣いた理由は聞かなかったし

その子も泣いた理由は話しませんでした。

その後、その子のキモチを丁寧に聞いてくれた

担任の先生から感想が届きました。

 

その子とどんな話をしたのか

その子があの時どんなキモチだったのか

なぜ泣いたのかが書かれていました。

その子にとって、ともだちや先生が

話を聞いてくれる存在だったということが

とても嬉しかったです。

 

 

2020年11月23日

 

ボク自身は小さなころ

髪の毛を伸ばしていました。

 

でも、

自分が好きで伸ばしていたのか覚えていません。

 

そんな経験から子どもたちの講座の中でも

髪型のことでやり取りをする場面があります。

 

このあいだ1年生の講座でこんなやり取りがありました。

 

「みんなはじぶんのスキな髪型できてるかな?」

できてる人、できてないなぁと思う人順番に

手を挙げてもらいました。

 

できてないなぁと思う人の時に

手を挙げた何人かの子がその理由を教えてくれました。

 

その中のひとりAさんがこんな話をしてくれました。

 

A「かみのけをきってもらっているあいだスマホをみててん。

ちょっとましてかおをあげてみたら

みみのへんまでみじかくなっててん。」

 

ボク「スマホを見んと髪の毛切ってるのを見とかなあかんかったなぁ。

みじかいのはいややったん?」

 

A「うん。」

 

ボク「どのくらいの長さがよかったん?」

 

Aさんは周りのともだちを見まわして

 

「Bさんぐらいのながさがよかった。」

と言いました。

 

Bさんの髪の毛の長さは

肩より下に10センチぐらい伸びていました。

長い髪の毛でした。

 

ボク「そっかぁ。教えてくれてありがとうね。」

 

そして送られてきた感想に

Aさんはこんなことを書いてくれていました。

 

**************************

わたしは、おとこだけどおんなになりたいです。

こんちゃんはやさしいね!

いっぽくんはかんどうしてないたの?

いっぽくんはなんでおとこがいいの?

【小1】

****************************

 

 

自分のスキな髪型の話の時

子どもたちは「キモチ」や「理由」を

一生懸命伝えてくれます。

 

できてない理由には

例えば「お金がない」や「病気」など

子どもたちのキモチではどうしようもないこともあります。

 

また、その他の理由に「大人の都合」もあります。

 

「ボクたちは、子どもたちがみんな

自分のスキな髪型にできたらいいなぁと思っているよ。

例えば、みんなのまわりの大人の人が

『どんな髪型が好きなん?』って聞いてくれたり

『こんなんはどうかなぁ?』とか

丁寧に聞いてくれたり

やり取りができたらいいなぁ。

もし、今は髪の毛を切ることができない

その髪型にしてあげられない理由があったとしても

その話も丁寧に教えてくれたらいいね。」

そんな話を子どもたちにします。

 

大人の都合には

「子どもたちを守るため」という理由もあります。

 

ある保護者は

ボクの描いた絵本「じぶんをいきるためのるーる。」の

「るーる1 じぶんがきたいふくをきる。」という最初のページを読んだ瞬間に

絵本を閉じて目に涙を浮かべながら言いました。

 

「いっぽさん、この絵本あの子に読んだら絶対スカートはきたい!

って言います。

わたしあの子にスカート履かせてあげられない。。。

あの子を男の子として育ててきました。

じぶんのことを大事にしてほしい

なるべくあの子の好きなことさせてあげたい

じぶん、まる!って思ってほしい。。。

そう思ってるけどスカートは履かせてあげられない私がいるんです。」

 

その話を聞いたボクは

「いつかあの子に読んであげたいなぁと思った時に読んであげて。

もし、あの子がスカートはきたいって言って

お母さんが今はそれはできないなぁと思った時は

丁寧に話してあげたらいいと思うよ。」

そんな話をしました。

 

保護者も

外性器のかたちでその子の性が決まると思い

その子を育てていく人がほとんどです。

 

そんな中で我が子が性自認について何らかのサインを出してきた時

どうしていいかわからなくなったり

悩んだりするのは当然だと思っています。

 

我が子をまわりの偏見から守りたいという思い

また自分自身の中にある偏った情報の中で

子どもの「スキ」を大事にしたくても大事にできない

保護者が、大人がいます。

 

子どもに関わる大人が

まず性の在り方について情報を得ることが大切です。

子どもに関わる大人が

ひとりで悩まないでいいような関係を環境を

ボクたちも一緒につくるひとりでありたいと思っています。

すべての子どもたちが

じぶんの生きたい性を生きることができる社会に。

**********************

 

 

2020年11月14日

 

子どもたちの講座が続いています。

 

4年生のクラスで、最初のともだち紹介で

「わたしは女の子です。男の子が好きです。」

という話をしてくれる子が登場した時

何人かの子が「ふつうやー」と言いました。

 

コンちゃん「ふつうってどういうこと?なにがふつう?」

 

A「女の子が男の子を好きになるのがふつう」

まわりの子たちもうなずいていました。

 

ボク「じゃあこの女の人で女の人が好きです

って人はふつうじゃないってこと?」

 

B「ふつうじゃないわけじゃないけど、めずらしい。。。」

 

C「ふつうじゃないと思う。」

 

D「ふつうってそれぞれ違うんちゃう?」

 

ボク「ふつうってなんやろな?

例えば、この子はぼくといっしょや!とか

私とは違うなぁとか。。。

そんな風にも言えるやんかぁ。

みんなはどんな時に「ふつう」って使ってる?

「ふつう」って言う時どんなこと思ってる?」

 

そんなことを話しました。

 

子どもたちはそれぞれに

いろいろ考えてるんやろうなぁという顔をしていました。

 

続いてほかのともだちと出会ってもらいました。

 

最後に「ボクは男の子です。男の子が好きです。」と

話してくれたともだちと出会った時

 

E「ボクのお母さんがボクに

『男の好きになってもお母さんに言っていいんやで』って言ってた!」

 

嬉しそうにと言いました。

 

ボク「そうかぁそんな話したんやなぁ。

なんでお母さんは、そんな話したんやろなぁ?」

 

E「お母さんがな『男の子が男の子を好きになってもいいんやで。

不安にならんでもいいからね』って言ってた」

 

と教えてくれました。

 

Eとぼくたちのやり取りを

まわりの子どもたちも一生懸命聞いていました。

このクラスの子どもたちから感想が送られてきました。

感想の中には

 

 

「今までこんな授業はしたことがなかったので

とても楽しかったです。

でも、45分いろいろふり返る時間はちょっと疲れました。。。

でもふり返る時間も楽しいです。」

 

と書いている子どもがいました。

 

 

今年度まだまだ続く講座ですが

子どもたちといっしょに

いろんなことを考えれる時間にしていきたいなぁと思います。

*******************

 

2020年10月31日

 

子どもたちの講座が続いています。

 

1年生の教室に入ると席がひとつ空いていました。

 

一歩「おやすみの子がいるんかな?」

 

A「ちがう~。Tちゃんやー」

 

一歩「Tちゃんはどこにいるん??」

 

B「そとにいるとおもう。」

 

みんなが口々に

「たぶん、ブランコかてつぼうしてるんちゃうかな。」

 

一歩「ひとりで遊んでるんかな?」

 

D「K先生がいっしょやから大丈夫。」

 

一歩「そうなんやぁ。じゃあ、ちょっと待っとこうか。」

 

A「やってたらかえってくるとおもうよ。」

 

一歩「そうなんやぁ。みんなよう知ってるんやなぁ。じゃあ、はじめよか。」

 

そんなやり取りをしてから

コンちゃんとボクの自己紹介をして

いつもの「ともだち紹介」をはじめました。

するとTちゃんがK先生と一緒に教室に帰ってきました。

 

みんな「Tちゃん、コンちゃんといっぽさんやで~」

 

コンちゃん・一歩

「Tちゃんおかえりー。クラスのみんなが

Tちゃんはブランコが好きやからブランコしてると思うって

教えてくれたんやけど、外でブランコしてたん?」

 

T「うん。」

 

コンちゃん

「そうなんやぁ。Tちゃんの名前はみんなが教えてくれたよ。

私は、コンちゃんって言います。コンちゃんって呼んでもらえたら嬉しいです。

今、私たちのおともだちに出会ってもらってるねん。Tちゃんも出会ってね。」

 

「ともだち紹介」の続きをしていきました。

 

先生の膝の上にすわって聞いてる子。

机に頭をくっつけて何か考えながら聞いてる子。

まわりをキョロキョロみんなの顔を見ながら聞いてる子。

ずっと手を挙げている子。

いろんなきき方

いろんな参加の仕方があるね。

 

ボクの話の中で

「コンちゃんが保育園で担任をしていた

キリン組の子どもたちが1年の中で変わっていく話」を

する場面があります。

 

その時こんな話もしました。

 

「ボクは、今日みんながTちゃんのことを教えてくれた時、

ともだちのことよく知ってるなぁと思ったよ。

ともだちのスキなこと、自分のスキなこと、大事にできるクラスやったらいいなぁ。」

 

ボクたちは45分の講座の中で子ども達自身が

「じぶん」について「ともだち」について

深く考えるきっかけになったらいいなぁと思っています。

 

「じぶんのスキ」と「ともだちのスキ」は

同じこともあるけど違うこともあるね。

 

「じぶんのスキ」も「ともだちのスキ」も

大事にできたらいいね。

 

どうやったら大事にできるかな?

 

そんなことを一緒に考えながら

過ごせたらいいなぁと思っています。

 

子どもたちとの講座は毎回ライブです。

 

一応の流れはあるけれどいろんなことが起こります。

その時その時

目の前にいる子どもたちがどんなことを思ってるのか

大事にしながら一緒に過ごせる時間に

したいなぁと思っています。

 

 

*********************

 

2020年10月24日

 

絵本「じぶんをいきるためのるーる。」が増刷されました。

第6刷になります。

 

子どもたちの講座でクラスに1冊プレゼントをします。

 

すると

「本屋さんで買えますか?」

「お母さんに買ってもらいます。」

など子どもたちは言います。

 

 この絵本は、本屋さんには置いていません。

 

ぼくたちが講座や講演で販売するか

ネットで注文してもらうかしか購入する方法がありません。

 

子どもたちにその説明をするのが

いつもとても心苦しいです。

 

 これからも講座を通じてこの絵本を子どもたちに届けること

そして

この絵本を子どもたちに届けてくれる大人に

まずこの絵本に出会ってもらうこと

それが今のボクたちができることです。

 

ひとりでも多くの子どもたちに届きますように。

 

 

 

 **********************

 

2020年10月6日

 

5歳の子どもたちの講座の中で

「好きな髪型してる?」って聞くと

「してる!」「おかあさんがかってにきったからできてないー」

など教えてくれました。

 

すると1人の子が

「びょうきですきなかみがたできひんひともいる」

とつぶやきました。

 

続いて

「わたしのおばあちゃんはびょうきでかみのけがぬけててるから

すきなかみがたできひん。」

と話してくれました。

 

「そっかぁ。そんな理由で自分の好きな髪型できひん人もいるなぁ。」

とボクは言いました。

 

 そのあと

5人目に登場したともだち

(ともだち紹介でイラストで描いたともだちと出会います)

の髪型を見て「ハゲやー!」と笑った子がいました。

 

ボクが「ハゲってどういうこと?」って聞くと

「かみのけないひとやー」と言い

また笑いが起こりました。

 

「このともだちは髪の毛あるで。」

というやり取りをしていると

さっきおばあちゃんの話をしてくれた子が

「ハゲとかいわれてわらわれたら

いやなきもちするひともいるとおもう。」

と話しました。

 

「さっき、おばあちゃんの話してくれたなぁ。

なんでみんなはさっき笑ったんやろな?

いろんな理由で髪の毛がない人いるよなぁ。

髪の毛がないってことでなんで笑うんかな?

そんなこともみんなで考えれたらいいなぁ。」と

そんな話をしました。

 

じぶんちゃんづくりでもいろんな姿がありました。

Aちゃんがじぶんちゃんの型をもって

少し困った顔をしていたので

 

ボク「どうしたん?」

 

A「どうやったらいいかわからへん。。。」

 

ボク「作りたいけど、どうしたらいいかわからへんってこと?」

 

A「うん。」

 

ボク「そっかぁ、ぼくが手伝えることあったら手伝うで。どうしたらいい?」

 

A「う~ん。」と困った様子。

 

となりでどんどん作っていたBちゃん。

 

Bちゃんがつくっているじぶんちゃんを見ながら

 

ボク「Bちゃんはここになんで12って番号はってるん?」

  (いろんな素材の中から12という数字の描いた紙を見つけてじ

  ぶんのじぶんちゃんのからだに貼っていました。)

 

B「リレーでなアンカーで12ばんにはしるねん!」

  と嬉しそうに教えてくれました。

 

それを聞いていたAちゃん。

 

A「5番はりたい。」

 

ボク「なんで5番なん?」

 

A「リレーで5番に走るから。」

 

ボク「じゃあ5の数字が書いた紙探そか?」

 

すると、隣で聞いていたBちゃんも一緒に探してくれました。

 

ボクは少しその場を離れて別のグループを見に行きました。

 

そしてAちゃんのいるところに戻るとまた困った顔をしています。

 

ボク「どうしたん?」

 

A「わからへん。。。」

 

ボク「なにがわからへん?」

 

A「どうやったらいいかわからへん。。。」

 

ボクもどうやって一緒に考えたらいいか困ってた時

 

B「めはかかへんの?」

 

A「かきたいけどどうやってかいたらいいかわからへん。。。」

 

B「どんなめかきたい?じぶんでかく?おれがかいたろっか?」

 

A「はなもかきたい。。。」

 

B「はなはどんなんがいい?

   まるいはなか?てんか?じぶんでかくか?」

 

ふたりのやり取りを見てたCちゃんが

「このいとまるめてぼんどではっても、はなになるで~」って。

 

A「てんがいい。」

 

B「おれががいていいん?」

 

A「かいてほしい。」

 

B「ええよ!」

 

そんなやり取りをしながら作っていました。

 

最後に見せてもらったAちゃんのじぶんちゃんのからだには

いろんな模様の紙が貼ってありました。

 

最後にAちゃんの近くで見守っていた先生が

「服はじぶんで紙を選んで、貼ってました~」

とボクに教えてくれました。

 

「じぶんのスキを大事にしていいで。」

「じぶんのキモチを大事にしていいんやで。」

「じぶんのスキとともだちのスキは

   同じこともあるけど違うこともあるなぁ。」

いろんな場面で感じてほしいなぁと思っています。

 

 

*******************

 

2020年10月5日

 

「いっぽさんはなぜ自分のことを男の子って思ったんですか?」

 

2年生の出前講座でこんな質問が出ました。

 

ぼくは「みんなはどう思ってる?自分のことどう思ってる?

『女の子』『男の子』『男の子女の子どっちの感じもする?』

『わからない』どうかなぁ?」と聞きました。

すると何人かの子が「女の子~!」と教えてくれました。

 

「なんで自分のこと『女の子』って思うん?」って聞くと

「お母さんが女の子用の服を買ってくれるから!」

「おかあさんが○○ちゃんって私のこと呼ぶから『女の子』だと思います」

など答えてくれました。

 

「じゃあ、お母さんが『男の子』用の服を買ってきたらあなたは『男の子』?」

「お母さんが○○くんって言ったらあなたは『男の子』って自分のこと思うんかなぁ?」

「お母さんがみんなのこと決めるん??」

と聞くと、

はりきって理由を教えてくれた

ほとんどの子の首が横に傾き少し困った顔になりました。

 

そんな中ひとりの子が「病院の先生が『女の子』って言ったから

『女の子』だと思います」と言いました。

 

「なるほど。じゃぁ、ボクもさっきの質問に答えるね。

ボクはボクが『男の子』って思うことに理由がないねんなぁ。

何でって聞かれても答えられないねん。

ボクが生まれてきたとき病院の先生は『女の子』って言ったけど、

ボクは『男の子』やねんなぁ。

みんなのこと、お母さんや病院の先生が決めるんかな?

みんながじぶんのことをどう思うかを大事にできたらいいなぁって思ってるよ。」

って話をしました。

数年前届いた4年生の感想にこんな感想がありました。

 

*******************

今日はいっぱいたいせつなお話をしてくれてありがとうございました。

わたしは、自分が女の子だって思っているのは、

自分が、わたしは女!!って思っているからです。

なぜかは、まだハッキリわからないけど、

これから、どんどん見つけていきたいし、

男の子?って言われるとスッキリしなく

女の子?って言われると、なっとくがいくからです。

********************

 

多くの子どもたちはきっと自分が何者であるか?

なんて考えたことがないんじゃないかなぁ。

一生懸命考えて出した理由は

周りの大人が与えている「もの」だったり

まわりの大人が「かける言葉」であったり。

 

大人は外性器のかたちでその子を

『女の子』『男の子』と決め

何かを与えたり呼び方を変えたりしている。

自分が割り当てられた性別で育てられることも

与えられるものも、かけられる声に対しても

イヤだと感じず生活を送っていられるのは

4年生の感想に書かれているように

自分がそのことに対して「なっとくがいく」から。

 

「なっとくがいく」とは、与えらえた性別に対してイヤなことがない

または、何も思わないからじゃないかな。

 

そして多くの子どもたちはそれが「あたりまえ」だと思っているやろな。

でも、そうでない子どももいる。

 

この子の感想の言葉を借りると「スッキリしない」子ども。

 

自分が割り当てられた性別に「スッキリしない」子どもは

「スッキリしない」から「スッキリしたい」と望み、

自分の「なっとくがいく」性を生きたいと望む。

 

自分の好きな下着を選んだり

自分の好きなコトバ、1人称を使ったり、

自分の使いたいトイレを使おうとしたり。。。。

割り当てられた性別とは違う自分の性別をはっきり言ったり。。。。

いろいろ。

 

自分の割り当てられた性別に「なっとくがいく」子どもたちは

自分が割り当てられた性別に「スッキリしない」子どもに出会うと

「変なの」と言ったり「間違ってるよ。」

と直そうとする。

 

すると

自分が割り当てられた性別に

「スッキリしない」子どもたちの中には

自分が「変」「おかしい」「間違っている」と

思わされていく子どもたちもいる。

 

また

そんな風に自分を否定しないにしても

「外性器のかたちで人の性が決まる」

ということが当たり前であるという社会では

割り当てられた性別に「スッキリしない」子どもたちにとって

生きにくい場面がたくさんあるやろな。

 

「スッキリしない」キモチを抱えたまま生きるのは

とてもしんどいなぁと思う。

 

自分がどんな性を生きるのかは

誰かに決められるものではない。

 

自分が「なっとくがいく」性を生きる権利がある。

 

きっと、それぞれが「なっとくがいく」性というのは

本当にいろいろで

自分には想像もできないこともたくさんあるだろう。

それでも、それが自然なこと。

 

自分の生きたい性を生きる権利は

誰にも侵すことができないと思っている。

 

ボクは4年生の子どもの感想を読んで思った。

 

ボクは『女の子』って言われることに

「スッキリしない」「なっとくがいかない」子だったのかもしれないなぁと。

講座での子どもたちとのやり取りや

感想を通して考えさせられることはとても多いなぁ。

今年度の講座はこれからたくさん予定されている。

どんな子どもたちと出会えるか

どんなやりとりができるのかとっても楽しみです。

********************

 

 

2020年9月24日

 

「性と生を考える会」20周年記念誌が届きました。

 

冊子を読みながら、今から6年前、

にじいろi-Ruを立ち上げる前に

「性と生を考える会」の中田ひとみさんに

会いに行った時のことを思い出しました。

 

中田ひとみさんが書いていたある文章を読んで

「この人に会いたい。この人の話が聴きたい。

この団体の活動について聴きたい!」と思い

ふたりで奈良まで会いに行ったのでした。

 

「性と生を考える会」の発信している内容は

ボク達が大事にしたいと思っていることを

丁寧なことばで表現してあって

いつ読んでも元気がでます。

 

冊子の中でホンマにそう!って思ったことば。

 

「理解より尊重を。思いやりより敬意を。特別扱いではなく公平と選択肢を。」

 

20年間地道にじっくりと活動してきた

「性と生を考える会」は本当にすごいなぁと思うし

これからもずっとつながっていきたいです。

絵本「じぶんをいきるためのるーる。」に寄せて

中田ひとみさんに書いてもらったメッセージを紹介します。

 

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【絵本「じぶんをいきるためのるーる」をひとりでも多くの子どもたちに】

 

奈良の性的マイノリティ支援団体「性と生を考える会」代表の中田ひとみと申します。

 

テレビなどで目にすることが増えたほどには

実際のマイノリティ当事者の生きづらさは解決していないことを

相談事例などを通して痛感しているところです。

 

マイノリティ当事者の苦悩は

人とは違っている自分に気づいたとき

その自分を否定するところから始まります。

 

当事者自身も、偏見を持って育ってきます。

 

「男か女」で「異性を好き」なことがあたり前で

「正常」な世の中でちがっている人がいるということ

ちがっていて良いということを知らずに育ってくるからです。

 

誰かひとりでも、あなたはそれでいいんだよ、と言ってくれていたら

ありのままを受けとめてもらえる経験をしていたら

死なずにすんだ人も

もっともっと希望を持って人生を送っている人もいたと思うのです。

 

だから、この絵本に出会ったとき

こんな1冊が学校にあったなら

図書室や保健室にあったなら

子どもの頃、手にとることができていたら、

たくさんのマイノリティ当事者が

人とは違う自分の存在を否定しなくてすんだのではないか

希望を持って未来をイメージすることができたのではないだろうかと

思わずにいられませんでした。

 

最近は、学校での教職員研修、人権教育研修、人権研修に行かせていただく際に

この絵本を紹介させていただいています。

 

この絵本には、性的マイノリティやLGBTQなどの言葉は出てきませんが、

小さな子どもが読める

シンプルかつ普遍的な言葉でメッセージが綴られています。

 

マイノリティ当事者であれば

きっと自分に向けて発信されている

肯定的なメッセージを読みとることができると思います。

 

また、自分が何者か気づいていない当事者も含め

すべての子どもたち(大人にも!)にとっても

自分らしく生きて良いのだという

普遍的なメッセージを伝えるものになっていると思います。

 

幼い頃に、より広い価値観に出会ってさえいれば

近い将来、思春期になって同性を好きな自分に気づいた時にも

自分を受けとめるための助けとなることでしょう。

ひとりでも多くの、小さなマイノリティたちに

このメッセージを届けられることを願ってやみません。

 

 

性と生を考える会 代表

LGBTIQ医療看護連絡会 事務局長

中田ひとみ

********************

 

 

2020年9月6日

 

「にちようびやで~」

 

まどからみえる

そらときがすき。

でも、きょうはかぜがつよくて

きのはっぱが

おとをたててゆれてるよ。

おおきなたいふうのせいかな。

あなたのところは

だいじょうぶかな。

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

 

 

 

 

2020年8月21日

 

「おーい。」

 

なんかめちゃくちゃあついねー。

あついなかあるいたら

あたまがくらくらしたで。

かげにはいったらちょっとましやけど

それでもあついなぁ。

ゆうがたになると

そらがピンクいろになってて

ちょこっとすずしいかぜがふいてたで。

ひがしずむじかんもはやくなってるなぁ。

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

2020年8月11日

 

小学2年生の感想を紹介します。

 

*きょうは、はじめて体のこと、じぶんのことをしれて

一歩さんのきもちとこんちゃんのきもちがとてもよくわかりました。

 

*からだとかふくがおとこのことか

おんなのこがおとこのこだったらおんなのふくをきていてもおかしくないし

じぶんはじぶん。

 

*からだのことをもうちょっとしりたい。

またこんどきてね。いつかいろんなことをおしえてね。

たのしみにしてるからね。どうやってしらべるの。

ぽすとかーどありがとう。またね。

 

*かみがながければ女子

かみがみじかければ男の子じゃないんだなっておもいました。

 

*体のお話をきいて

もっと体のことを知りたくなりました。

 

*じぶんのことをへんだと思わないでいいってことがわかった。

じぶんのるーるをきめていいことがわかった。

 

*すきなことをしようとおもいました!

 

子どもたちの感想を読んでいると

「子ども達にここもっと聞きたいなぁ~」

「子ども達とここからいろんな話したいなぁ。。。」

そんなことを思います。

 

じぶんのキモチを「ことば」にするってむずかしいけれど

こどもたちひとりひとりが、

今、自分の持っている「ことば」で「表現」で

伝えてくれているなぁと思います。

 

ボクたちの授業を一緒に聞いた先生が

「いっぽさんが女性って言った時子どもたちは少し驚いていたけれど。。。」

とか

「いっぽさんが3歳の女の子の時の写真を見たときに。。。」

みたいな表現をされる時があります。

 

ボクは子どもたちの講座の時も大人向けの講演の時も

「女性だった」「女の子だった」という表現はしません。

 

「この身体のかたちで産まれてきて、

みんなもボクもこの身体の子は「おんなのこ」って思ってたから、

家では下にきょうだいができると「おねえちゃん」ってよばれていたよ。」

「女の子として育てられていた」

「女の子として生活していた」

「女子として学校に通っていた」

といったような言葉で話をします。

「女性だった時」と「女性として生きてきた時」は

全く違う意味になるからです。

 

ボクたちは子どもたちにどんな「ことば」で

どんな話で一緒に考えていけるか

毎回毎回子どもたちの声を聴きながら話しています。

 

あの子が学校でともだちに

 

「ホンマはあの子は男の子」

「ホンマはあの子は女の子」

 

みたいなことを言われたという話を聞きました。

 

言われたあの子もじぶんの仲のいい子に

「ごめんね。。。。だましてしまって。。。」

みたいに謝ったという話を聞いて

胸が苦しくなったことがありました。

 

今までも何度もあの子と話している内容。

 

「外性器のかたちで人の『性』は決まらない、決められない。

あなたが思っていることがあなたの大事なこと。

あなたの『性』を誰かに決めることはできない。」

 

今回もそんな話をあの子としたときに

「私はだましてないやん!なんであやまっちゃってんやろう。。。」って

自分で気づていく姿がありました。

 

「あなたはだましてなんかないよ。

ホンマのことって何?ホンマのことはあなたの中にあることやで。

誰かが勝手にあなたの「ホンマのこと」をきめるこはできない。」

 

このことは

あの子だけでなくすべての子どもたちに

伝えたいと思っています。

 

今回の2年生の感想にもたくさんの子どもたちが書いていた

「からだのこともっとしりたい」ってこと

そしていっしょに考えることが「たのしい」と思っていること

このことに大人は応えないといけないと思うのです。

 

「一方的に教える」のではなく

「いっしょに考える」大人が増えたらいいなぁ。

子どもたちの感想はそんなことを教えてくれている気がします。

 

 

 

2020年8月1日

 

「なつやでーーーーー。」

 

やっとつゆがあけて

きょうはおひさまがぎらぎら。

ボクはまいあさ

せみのだいがっしょうで

おきてるよー。

あついなつのたのしみが

なにかあったらいいなぁ。

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。

2020年7月22日

 

子どもたちの講座が始まって

「子どもたちとのやり取りは楽しいなぁ。」

と感じています。

 

でも、マスクをしながら何時間も話をするのはやっぱりしんどいね。

 

小学校2年生の講座。

 

子どもたちに最初自己紹介をするとき

ホワイトボードに呼んでほしい呼び方を書きます。

 

「コンちゃん」

「一歩さん、一歩ちゃん、一歩くん」

 

自己紹介が終わって書いた文字を消して

そこから「ともだち紹介」とボクたちの話をします。

 

「では、これでボクとコンちゃんのお話はおしまいです。」

というとひとりの子が

「えっと、名前はコンちゃんと。。。。

      あるくちゃん??やった??」

と照れ臭そうに笑いながら言いました。

 

すると、授業の後半どうしても眠たくて

すやすや寝ていた一人の子がむくッと起きて

「あるくちゃんじゃなくて、いっぽちゃんや~ん」と。

 

そのやり取りが何とも言えずええ感じで。

 

「あるくちゃん!惜しかったなぁ。あるくって文字が入ってるもんなぁ。」

 

みんなでそんな話をして終わりました。

 

またあるクラスでは

ボクの話の中で

「コンちゃんは、コンちゃんのきりんぐみ組5歳の子どもたち

一人一人のことを大事にする先生やったんやで。」

という話をする場面があります。

 

ケンカが起こったときも、どんなケンカでも、どの子の話も丁寧に聞いて

「コンちゃんにできることある?」って聞いてたんやでという話もします。

 

この話を聞いているときの子どもたちの目は

キラキラしています。

 

そのとき、ひとりの子がコンちゃんを呼んで

何か話をしていました。

 

講座が終わってコンちゃんが

ボクにその子のことを教えてくれました。

 

その子はコンちゃんに

「コンちゃんはアレルギーの子ともしゃべったことある?」

と聞いてきたそうです。

 

コンちゃんが「あるよ。」と答えると続いて

「ボク、卵のアレルギーがあって、リンゴとキウイも少しあるねん。」

と教えてくれたそうです。

 

「そっかぁ。そんな話誰かに言ったことあるん?」と聞くと

首を横に振りながら「だれにも言ったことない。。。」

と言ったそうです。

 

また、講座の最後に絵本「じぶんをいきるためのるーる。」

を見ていて

「だれかのるーるをおしつけないで。こころとからだがくるしいよ。」

という場面を読んだ時のことです。

 

ひとりの子が大きな声で

「そんなんばくはつするわ!!」と言いました。

 

絵本の途中はあまり子どもたちとやり取りをしないけれど

その子がそのことをいった時は

「ほんまやなぁ勝手に押し付けられたら爆発するわなぁ。」

と話をしました。

 

まわりの子どもたちも大きくうなずきながら

その子とボクのやり取りを聞いていました。

 

今年度は学校も休校があったため

子どもたちにとって今のクラスはまだ始まったばかりです。

 

「じぶんのキモチきいてほしいなぁ。」

「じぶんのことはなしたいなぁ。」

「あのこはどんなことおもってんのかなぁ。」

「このせんせいはどんなせいんせいかなぁ。」

子どもたちはいろんなキモチで教室にいるんやね。

 

帰る時

「また来る?」「次はいつ来るん?」

ときく子どもたち。

きっといっぱい聴いてほしいことがあって

いっぱい話したいことがあるんやろね。

 

 

 

 

 

2020年7月18日

 

「へぇー」

 

だれかといっしょに

おなじものをたべるとき

どこからたべるのか

どうやってたべるのか

なにをつかってたべるのか

「それいっしょ!」

って

ときもあれば

「そうやってたべるんや~」

って

おもうときもあるね。

 

ひとりじゃないよー。

ここにいるよ。

2020年7月2日

 

「これでいけるはず!」

 

このまえこのほうほうで

やってみたらうまくいった!

きっときょうもこれでいける!

そうおもってたのに

うまくいかへんこっとってあるよね。

 

べんきょうのこと

ぶかつのこと

くらぶのこと

ともだちのこと

かぞくのこと

なんでやろー?って

なやんだり

うまくいかへんなーって

おちこんだり。

 

そんなとき

「ここわからへんねん。。。」

「こんなことでなやんでるねん。。。」

きいてもらえるひとがいたらいいな。

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

 

 

 

 

2020年6月24日

 

「のんでのんでー。」

 

なんかめっちゃあついなぁ。

あせもかくし

すいぶんほきゅうはせなあかんでー。

なにのむー?

おみず?

おちゃ?

じゅーす?

ぎゅうにゅう?

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

 

 

 

 

2020年6月20日

 

「おはよーう。」

 

えほんのなかの

すきなばめんってある?

えほんを

みながら

よみながら

「こんなことできたらいいなぁ。」

「こんなふうにしたいなぁ。」

「こんなところいきたいなぁ。」

そうぞうしたり

かんがえたりするのって

たのしいよね。

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

 

 

 

2020年6月16日

 

「みてみてー!」

 

きょうここからみえるそらはくもり。

みんなのところはどうかな。

 

きをつけないといけないことや

まもらないといけないことが

いろいろあるんやろうけど

おたのしみもあったらいいなぁ。

 

「みてみてー!」

っていったら

「なになに?」

ってだれかがきいてくれて

いっしょにみたりさわったり。

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

 

 

2020年6月8日

 

「またねー」

 

4がつ9から2かげつかん

まいにちかいてきた

イラストメッセージ。

 

「だれかにとどいたらいいなぁ。」と

おもいながらかいてきました。

 

これからはまいにちではなく

ときどきとどけたいとおもいます。

 

おたのしみに!

 

「ひとりじゃないよー。」

「ここにいるよ。」

2020年6月6日

 

「おはよー。」

 

https://www.facebook.com/1536344386662173/videos/2715038628766129

 

 

 2020年6月5日

 

「きょうのキモチはどんないろ?」

 

https://www.facebook.com/1536344386662173/videos/2814147865374870

 

 

 2020年6月4日

 

 

「いいんやでー。」

 

https://www.facebook.com/1536344386662173/videos/177170703735820

 

じぶんがホントにスキな色を
言えない子どもがいる。
出会ったその子は3歳。
「だってへんっておもわれるから」
それがその子がウソをつく理由だった。
ウソをつかないといけない理由だった。
小さな頃から
社会の
多くの人の
「ふつう」「あたりまえ」に
当てはまらないと
「へん」って思わされる。
排除されたい人間なんていない。
排除されていい人間なんていない。
「スキ」を大事にするためには
排除を許さない社会をつくらないと。

 2020年6月3日

 

「ぎゅるぎゅるぎゅるるー。」

 

https://www.facebook.com/1536344386662173/videos/247651696667774

 

 

2020年6月2日

 

 

「ゆっくり ゆっくり。」

 

https://www.facebook.com/1536344386662173/videos/2675358759236572

 

 

2020年6月1日

 

 

「おしらせがあります。」

 

https://www.facebook.com/1536344386662173/videos/387558112159412/

 

 

 

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